1.治癒の判定
休職している方が復職するためには、傷病が「治癒」したといえる必要があります。
ここでいう「治癒」とは「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したこと」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕479頁参照)。
それでは、この「治癒」の判定を行う医療機関を、就業規則で使用者側の指定した医療機関に限定することは許容されるのでしょうか?
このような発想が出てくる背景には、主治医の判断に対する企業側の不信感があります。具体的に言うと、企業側は主治医意見に対し、
労働者の希望に流されているのではないか?
職場の状況や仕事の内容が良くわからない中で、安易な判断をしているのではないか?
といった疑念を持っていることが少なくありません。
こうした疑念を解消するため、実務では、主治医意見を産業医にレビューさせたうえで最終的な復職判定を行うといったことが一般化しています。治癒を判定する医療機関を、就業規則で使用者側の指定する医療機関に限定してしまおうという発想は、これを推し進めたものになります。
近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令6.9.25労働判例ジャーナル156-28 東京都葬祭業協同組合事件です。
2.東京都葬祭業協同組合事件
本件で被告になったのは、東京都内の葬祭業者を組合員とする協同組合です。
原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結していた方です。
適応障害(抑うつ)で休職した後、復職を可能とする主治医診断書と復職届を提出したものの、被告指定医から「一時的な回復の可能性が考えられることから、このまま仕事を続けるのは難しい」との診断をされ、休職期間満了による自然退職とされました。
このような扱いを受け、休職事由の消滅を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件で被告が依拠したのが例の就業規則で、被告は次のような主張をしました。
(被告の主張)
「被告の就業規則では、就労の可否は専ら被告が指定した医療機関での受診結果を基にして行うこととなるところ、本件指定医は、原告が従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復していない旨を診断している。本件指定医は、原告の主訴だけでなく、服薬状況や過去及び現在の症状等の事情、親族との関係等を聴取した上で診断しており、その診断の信用性は高い。」
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥し、治癒を認めました。
(裁判所の判断)
「前記認定のとおり、原告は、令和3年4月6日に本件主治医の診察を受け、不眠、吐き気、食欲不振、震え、恐怖心の症状が出現した旨を訴え、適応障害と診断され、以後、通院を続け、抑うつ、不眠、全身倦怠感が持続しているため休務を要する旨の診断を受けていたが、同年11月24日の受診時には症状が改善して同年12月1日から復職可能である旨の診断を受けており・・・,本件主治医において、同年12月1日時点で休職事由となる疾病は治癒したと判断されている。原告の症状について、原告は、本人尋問において、5月頃には吐き気、食欲不振、震え、恐怖心の症状はなくなっていたと述べ、夏頃には不眠の症状も軽減し、10月下旬以降はほとんど毎日眠れていた旨を述べているところ、診療録・・・上も、当初は様々な症状の訴えがみられるが、同年8月11日の受診時には『笑うことができるようになっている』とされるなど改善の傾向がみられ、同年10月以降の受診時には具体的な症状の訴えがみられなくなっている。」
「これらのことからすれば、原告の適応障害の症状は、令和3年12月1日時点で、従前の職務を通常の程度に行うことができる程度にまで回復していたと認められる。」
「これに対して、被告は、原告の症状について、情動安定な状態と情動不安定な状態を繰り返している、薬を飲まなくてもよい状態に回復していたとはいえない、原告は令和4年3月2日に終診とされており、令和3年12月時点では精神科を受診し続けなければならない状態であったなどと主張する。」
「しかし、傷病が従前の職務を通常の程度に行うことができる程度にまで回復していれば、休職事由は消滅したといえ、それ以上に、症状が消失することや通院・服薬の必要がなくなることまで求められるわけではない。そして、原告の症状の経過は前記認定のとおりであるから、被告が指摘する事情はいずれも前記の判断を左右するものとはいえない。」
「さらに、被告は、被告の就業規則では就労の可否は専ら被告が指定した医療機関での受診結果を基にして行うこととなるところ、本件指定医は原告が従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復していない旨を診断していると主張する。また、被告は、本件指定医は、原告の主訴だけでなく、服薬状況や過去及び現在の症状等の事情、親族との関係等を聴取した上で診断しており、その診断の信用性は高いとも主張する。」
「しかし、休職期間満了時に休職事由が消滅しているかどうかは自然退職の効力に直結する事項であるから、就業規則の内容にかかわらず、主治医の診断書等の資料が提出されている場合に被告が指定した医療機関での受診結果のみをもって直ちに休職事由が消滅していないものと取り扱うことは許されない。そして、本件指定医は一時的な回復の可能性が考えられるとして就労が困難である旨を診断しているが、前記認定のとおり、原告が、本件指定医に対して、不眠等の症状がない旨を述べ、服薬状況について『1か月内服していない』『眠れない時だけ、1か月間は飲んでいる』旨を述べていること・・・に加えて、診療レポート・・・には令和3年4月から同年11月までの原告の症状の経過は特に記載されておらず、本件指定医が原告の症状の経過を詳細に聴取したとはうかがわれないことを踏まえると、一時的な回復の可能性というのは抽象的な懸念を指摘するものとみるべきであって、この診断をもって原告の症状が従前の職務を通常の程度に行うことができる程度にまで回復していたことを否定するのは相当でない。」
「この他に、被告は、本件主治医の診察時に症状が治まっていても復職すれば増悪するおそれがあったなどとも主張するが、抽象的な増悪のおそれを指摘するにとどまるものであるといえ、前記の判断を左右しない。」
「以上のとおり、令和3年12月1日時点で、適応障害が治癒し、休職事由は消滅していたと認められる(なお、争点(2)(原告の疾病に業務起因性があるか(予備的主張))については判断しない。)。」
「したがって、本件自然退職によって本件労働契約は終了しない。そして、原告に就労意思があれば、令和3年12月1日以降に原告が就労していないのは、被告が休職事由の消滅を認めずに休職期間を延長した上で本件自然退職として労務の提供を拒んだためであって、被告の責めに帰すべき事由によるものといえる。」
3.復職判定機関を使用者側の指定する医療機関に限定することは許されない
確かに、主治医判断に冒頭で触れたような問題があることは事実です。
しかし、産業医ほか使用者側指定医療機関にも、
普段から被治療者の様子を見ていないのに適切な判定ができるのか?
使用者の代弁機関になってはいないのか?
といった懸念があります。
復職に関するルールを公正に運営して行くには、主治医判断、産業医(会社指定医)判断の特性を踏まえたうえ、両者の意見を基に治癒したか否かを考えてゆくことが大事なのであって、一方の側に偏った判断をすることは適切ではありません。裁判所の判断は、使用者側による自分達の指定する医療機関の判断だけを意味のあるものとするルール(就業規則)を無効化するもので、実務上参考になります。