1.弁護士に対するハラスメント
弁護士というと、何かあったら自力で訴えることが可能であるし、ハラスメントには遭わないと思っている方がいるかも知れません。
しかし、弁護士であったとしても、上席の弁護士からきつい言動を浴びせられる例はあります。徒弟制の職人の世界に近いため、昔はかなり酷い言葉を浴びせられる例があったと聞いていますし、現在でもその残滓はあります。近時公刊された判例集にも、インハウス弁護士に対するきつい言動の不法行為該当性が問題になった裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令6.9.26労働経済判例速報2573-16 フィリップス・ジャパン事件です。
2.フィリップス・ジャパン事件
本件で被告になったのは、
医療用機器の販売等を主たる業務とする株式会社(被告会社)
被告会社の法務コンプライアンス部の部長であった方(弁護士 被告c)
被告会社の人事部長であった方(被告d)
の三名です。
原告になったのは、被告会社の法務部で働いていた弁護士の方です。能力不足を理由として解雇されたことを受け、
バックペイ、
解雇に伴って行われた被告c、被告dの言動等を理由とする損害賠償
を請求する訴えを提起したのが本件です。
本日、焦点を当ててみたいのは、言動を理由とする損害賠償請求についてです。
損害賠償請求との関係で、原告の方は、次のような主張をしました。
(原告の主張)
・令和3年9月2日のPIPフィードバック面談における発言
「被告cは、原告が『以前からずっと申し上げているとおり、この会社で頑張っていきたいと思っています』と退職の意思がないことを表明しているにもかかわらず、原告に対し、『ほんとにそれ弁護士としての仕事をアサインできるのかなっていう、もうそこのぎりぎりのところなんですよねー。』『この状態だとー、人事からはー、ちょっと厳しいんじゃないかとも言われてはいます。』『他の会社?他の会社、ほんとは私事務所の方が、ちゃんと修行するにはいいんだろうなーと思ってるんですけど。たくさんのお客さんとか、たくさんの事案と、直接触れて、直接それを、なんていうのかな、体現していく?直面していくっていう経験がすごくあなたにとっては必要なんじゃないかって、思うんだけど。』と発言した(以下、上記各発言を『原告主張発言〔1〕』と総称する。)。このように、被告cは、原告には『弁護士=リーガルカウンセル』としての能力や適格がないとして、転職を促して退職勧奨を行ったのであるから、これらの発言は違法である。」
(中略)
・令和3年12月3日の面談における発言
「被告cは、原告が『フィリップスで頑張りたいと思ってま(す)』と退職の意思がないことを表明しているにもかかわらず、『弁護士として必要な、うちの会社の弁護士として働くために必要な能力っていうのかな。そこがまあ設定して、過去4か月間?実はまあ5月入社復帰当時からみててー、まぁいろいろちょっとこれはあれだなー、と思って?』『やはりちょっと就業規則に基づいて、やはり能力が、まぁ非常に足らないっていうことで、まぁ現状解雇も考えていてー。』『人事から、たぶん解雇通知が来るんじゃないのかな。」と発言した(以下、上記各発言を『原告主張発言〔3〕』と総称する。)。このように、被告cは、原告には「弁護士=リーガルカウンセル」としての能力や適格がないとして、解雇を示唆して退職勧奨を行ったのであるから、これらの発言は違法である。」
・令和3年11月19日のPIPフィードバック面談における原告の人格否定に係る発言
「被告cは、原告に対し、PIP実施期間に原告が担当した案件において、原告が被告cに提出した内定取消通知書案に『謹啓』などの時候の挨拶の記載がされていたことにつき、『法律家以前に、ビジネスパーソンとしてどうなんだろう?』『弁護士っていうよりも、常識とかとして、おかしい。』と発言した(以下、上記各発言を『原告主張発言〔4〕』と総称する。)。しかしながら、上記「謹啓」の記載は原告がしたものではなく、また、文書の名宛人の属性に関わらず、会社として「謹啓」などの儀礼的な定型句を挿入することは、会社作成の文書としての体裁を保つ趣旨や後の無用なトラブルを避ける観点などからは何ら異常なことではない。そうであるにもかかわらず、被告cは、PIPフィードバック面談の場面での優越的関係を背景として、原告をビジネスパーソンとしての適格や常識がない旨の上記発言をした。被告cの上記発言は、原告の人格権を侵害するものであるから、違法である。」
これに対し、本件の被告らは、
「原告が指摘する各面談において被告cが原告主張発言〔1〕ないし〔4〕をしたこと及び被告cが退職合意書を送付したこと、並びに被告dの名前で本件通知書が送付されたことは認めるが、被告らが法的責任を負うとの法的主張は争う。」
と言動自体を認めたうえで、法的責任を争いました。
裁判所は、次のとおり述べて、被告cの言動の違法性を否定しました。
(裁判所の判断)
「原告主張発言〔1〕は、同日のPIPフィードバック面談の13分頃が経過した時点において、被告cが『ほんとー、このままでいいのかなーっていうのは、やっぱちょっと考えてもらった方がいいなーって、すごく思うのね。あなた自身の、長い目で、この仕事を極めていく上で、ほんとに必要なものって何かなーっていうのはひとつ考えてほしいな。』などとの発言を受けて、原告が『以前からずっと申し上げているとおり、この会社で頑張っていきたいと思っています』と退職の意思がないことを表明したことに対して行われたものであることが認められるが、さらに、被告cは、原告主張発言〔1〕に続けて、『もちろんあなたがね、フィリップスで働きたいっていう、ポジティブな気持ちをもってらっしゃるのは、否定しないんだけど、やっぱ、今この足りないギャップ?を、やっぱり、弁護士になって若いうちに埋めていくほうが、長い目で見ると、すごくいいことなので、ちょっとそれは考えておいていただいた方がいいかな。まあそうすぐにじゃないけれども。少し考えておいていただいた方が、いいかなーと思いますねー。』と発言して直ちに退職を求めるものではないことを説明した上で、これ以降は、『案件にかかわらず、まあどういうふうにちょっと改善していこうっていうのかな。いろいろね、工夫されてはいると思うんだけど、どういう試みされてます?』と発言し、原告の業務改善に向けた取組内容に話題を変えて、上記面談においてはこれ以上の退職勧奨を行わなかったことが認められる。これらの発言や上記面談の全体の流れからすると、被告cの原告主張発言〔1〕に係る退職勧奨を違法と評価することはできない。」
(中略)
「令和3年12月3日の面談における原告主張発言〔3〕について検討するに、証拠・・・によれば、同面談において、原告が被告会社から提案のあった退職パッケージに対する回答として、原告が『フィリップスで頑張りたいと思ってま(す)』と退職の意思がないことを表明したことを受けて、被告cは原告主張発言〔3〕のうち『弁護士として必要な、うちの会社の弁護士として働くために必要な能力っていうのかな。そこがまあ設定して、過去4か月間?実はまあ5月入社復帰当時からみててー、まぁいろいろちょっとこれはあれだなー、と思って?』との発言をし、原告から退職パッケージの提案を受け入れない場合にどうなるのかとの趣旨の質問に対して、『やはりちょっと就業規則に基づいて、やはり能力が、まぁ非常に足らないっていうことで、まぁ現状解雇も考えていてー。』と被告会社として原告の能力不足を理由とした解雇の可能性もあり得る旨を説明し、また、被告cから原告に対して、被告会社の人事部から退職合意書に応じるかどうかの検討期間をもう1週間も受けてほしい旨言われていることを伝えたところ、原告から『合意書(引用者注:退職合意書のこと)の内容に、応じないとしたら、そしたら、その次はどうなるんでしょうか?』との問い掛けがあったことから、その答えとして被告cが『人事から、たぶん解雇通知が来るんじゃないのかな。』と回答したことが認められることからすると、原告主張発言〔3〕は、いずれも被告会社からの退職パッケージに応じなかった場合の説明などの文脈で発言されたものであって、解雇を示唆して退職勧奨を行ったものとは認められない。その他、上記面談での会話の流れを通覧しても、原告主張発言〔3〕に関し、被告cが原告に対して退職合意書に応じることを強要するような趣旨で発言したとも認められない以上、原告主張発言〔3〕をもって違法があるとはいえない。」
(中略)
「被告cは、令和3年11月19日のPIPフィードバック面談において、原告に対し、内定取消通知書案の『謹啓』の記載につき、原告主張発言〔4〕をしたことが認められるものの、原告主張発言〔4〕の前後の会話の流れを通覧すると、上記各発言は、被告cが『弁護士が作成した文書として外に出た時に、その第三者からの厳しい評価に耐えられるかどうか、っていう目で見ないといけない』との発言などもしているように、飽くまで、採用内定取消案件において、原告が被告cに提出した内定取消通知書案の文面の問題点・・・を振り返って指摘し、今後の注意喚起や改善を求めるなどの指導の一環として、一般論として『ビジネスパーソンとしてどうなんだろう?』という問い掛けや『常識とかとして、おかしい』といった点を指摘しているものにすぎず、原告個人の力量や人格を非難する趣旨で上記発言をしたものとは認められない。」
「したがって、被告cがした原告主張発言〔4〕は、原告の人格権を侵害するものとはいえず、違法とはいえない。」
3.結構きつい言動のようにも思われるが・・・
個人的には結構きつい言動を受けているように感じられます。同じことを伝えるにしても、より穏当な言い方があったのではないかと思います。しかし、裁判所は、原告(弁護士)が問題視した被告c(弁護士)の言動の違法性を否定しました。
例によって例の如く、裁判所に言動の違法性を認めてもらうためのハードルは高いなと思いました。