1.使用者がパワハラに対処してくれない
令和2年厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』は、パワーハラスメントに係る相談の申出があった場合に、事業主に対し、
「事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること」
を義務付けています。
そして、パワーハラスメントが生じた事実が確認できた場合、事業主は、
被害者に対する配慮のための措置(引き離すための配置転換、メンタルヘルス不調への相談対応など)、
行為者に対する措置(懲戒処分、配置転換、行為者の謝罪など)
を行う必要があります。
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf
しかし、実務上、ハラスメントの認定や事後措置が適切に行われていない事案を目にすることは少なくありません。
ハラスメントの認定や事後措置が適切に行われていないことは、使用者責任とは別個の責任原因を構成したり、慰謝料の増額要素として考慮されたりすることがあります。近時公刊された判例集にも、ハラスメントの相談を受けながら、適切に対応をしなかったことが慰謝料の増額要素として指摘された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令6.10.30労働判例ジャーナル155-22 さいたま市事件です。
2.さいたま市事件
この事件で被告になったのは、普通地方公共団体であるさいたま市です。
原告になったのは、市立中学校で教頭として勤務していた方です。
教育委員会から異動してきたd校長からパワーハラスメントを受け、精神疾患等を発症して休職せざるを得なくなったなどと主張し、損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。
裁判所はパワーハラスメントを受けた事実を認定したうえ、次のとおり述べて、原告からハラスメントの相談を受けた後の教育委員会の対応を、慰謝料の増額要素として位置付けました。
(裁判所の判断)
「教育委員会は、令和5年2月に原告からdによるパワハラの調査依頼を受け、同年3月、dを含む本件中学校の教職員に対し、パワハラに関する調査を実施した・・・。その結果、dからは、原告に対する注意や指導をしたのであって、決していじめているわけではないとの弁解があった一方、前任校長のことを『A級戦犯』、原告のことを『B級戦犯』と発言したこと、原告に向かって『早く帰って、体弱いんだから』と発言したこと、その他、原告に対して感情的に対応したことがあったことなど認める回答があり、他の教職員からも、dが原告を『なんで俺より先に言うんだ』と叱責したこと、dが原告を大声で責めていることが二、三日に1回くらいあったこと、dが原告を日常的に怒鳴っていたこと、dの原告に対する大声は職員室の半分ほどに聞こえるほどの大きさであったことなどの回答があった。なお、本件中学校では、令和4年度の1年間で、3名の教諭が休職していた。」
「さいたま市教職員行動指針・・・では、パワハラの具体例として、指導レベルを超えた叱責をする、独善的なやり方や考え方を教職員に無理やり押し付けるなどが挙げられ、さいたま市教育委員会職員のハラスメントの防止等に関する要綱・・・では、パワハラを『職務上の地位や人間関係などの職場等内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与え、又は職場等環境を悪化させる言動』と定義した上、全ての職員は、パワハラを含むハラスメントについての理解を深め、自らの言動により、これを生じさせないようにしなければならないとし、校長等は、良好な勤務環境を確保するため、日常の執務を通じた指導等によりハラスメントの防止に努めるとともに、ハラスメントに起因する問題が生じた場合には、迅速かつ適切に対処しなければならないものとされ、さいたま市教育委員会職員のハラスメントの防止等に関する要綱の運用について・・・では、上記『業務の適正な範囲を超えて』とは、本来の業務上の命令や指導の範囲を超えているもののほか、業務上の命令や指導であっても、粗暴な言葉や威圧的な態度等、手段や態様が適切でないものも含まれる旨が示されていたが、教育委員会は、原告の人望の厚さや職務上の貢献度を高く評価し、そのような原告がつらい思いをし、教職員も不快な思いをし、本件中学校の職場環境が良好でなかったことを認めつつ、関係当事者の見解の相違等を理由に原告の調査依頼のあった事案はパワハラの認定には至らないと判断し、dに対し、良好な職場環境及び校長を含む教職員間の信頼関係の醸成に努めるよう指導するにとどめた。」
(中略)
「原告の依頼により実施された教育委員会の調査において、dのパワハラを認めるに足りる事情が相当程度収集されていたにもかかわらず、これを認定するに至らず、被害者である原告と加害者であるdを早期に引き離すための配置転換やパワハラを行ったdの懲戒処分も行われなかったことや、dが現時点においてもパワハラはなかったと強弁し、原告への謝罪はもとより、反省の態度すら示していないこと・・・は、いずれも原告の精神的苦痛を更に増大させる事情であったということができる。その他、本件に現れた諸般の事情を考慮すると、原告がdの違法行為(パワハラ)により受けた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては100万円をもって相当と認める。」
3.抑制的すぎる姿勢は責任を生じさせる
法はパワーハラスメントが生じた場合の事後措置を比較的重要視しており、事後措置を適切にとらないことは心理的負荷を強めるものとして評価されています。令和5年9月1日付け基発0901第2号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」も、
「心理的負荷としては『中』程度の身体的攻撃、精神的攻撃を受けた場合であって、会社に相談しても又は会社がパワーハラスメントがあると把握しても適切な対応がなく、改善がなされなかった場合」
を心理的負荷が「強」になる場合として掲げています。
https://www.mhlw.go.jp/content/001140931.pdf
こうした仕組みを考えると、パワーハラスメントの認定や事後措置を適切に行わないことが慰謝料(精神的苦痛)の増額要素となることは、比較的分かり易いのではないかと思います。
パワーハラスメントに関する相談をしても、行為者が否認する場合に、会社がこれを認定してくれないことがあります。証拠が不足している場合に抑制的な態度をとることは分からないではないのですが、それなりに証拠がある場合にも、動きが鈍いことも少なくありません。会社としては、誤った認定をしないよう慎重になっているのだと思いますが、行きすぎると被害者に泣き寝入りを強いる不適切な結果を生じさせることになります。
本裁判例は、会社に緊張感を持った適正な認定と対処を促すものであり、実務上参考になります。