1.過半数代表者
労働基準法は過半数代表者に対し、様々な役割を与えています。
例えば、1年単位の変形労働時間制を定める労働基準法32条の4第1項は、
「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めたときは、第三十二条の規定にかかわらず、その協定で第二号の対象期間として定められた期間を平均し一週間当たりの労働時間が四十時間を超えない範囲内において、当該協定(次項の規定による定めをした場合においては、その定めを含む。)で定めるところにより、特定された週において同条第一項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。
(以下略)」
と過半数組合ないし過半数代表者との書面による協定を制度適用の要件として掲げています。労働組合の組織率が低下している昨今、過半数組合がある事業場は決して多くなく、過半数代表者は重要な職責を負っています。
この過半数代表者について、労働基準法施行規則6条の2は、
一 法第四十一条第二号に規定する監督又は管理の地位にある者でないこと。
二 法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であつて、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと。
という二つの要件を定めています。
この二つ目の要件との関係で、近時公刊された判例集に、興味深い判断がされた事案が掲載されていました。東京地判令3.10.14労働判例1320-70 ナルシマ事件です。何が興味深いのかというと、外国人が多数いる職場で、労働者が「通訳はなかった」と述べていたことが、過半数代表者の選出の適法性を否定するための一事情として指摘されていることです。
外国籍の労働者は、一貫して増加する傾向にあります。内閣府の資料(令和6年度年次経済財政報告)によると、2008年には50万人程度であったものが、2023年10月時点では約205万人にまで増加しています。外国籍の労働者は全雇用者の約 3.4%を占めるに至っており、労働者の多数を外国人が占める職場も散見されるようになっています。
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je24/pdf/p020003.pdf
外国人労働者の中に必ずしも日本語能力が十分でない方がいることや、誰であれ外国法令を読み解くことが容易でないことを考えると、裁判所において通訳に関する指摘が入ったことは、かなり重要な意味を持っているのではないかと思います。
2.ナルシマ事件
本件で被告になったのは、販売促進用商品の企画、デザイン、製作、販売等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告で勤務していたフィリピン国籍の男性労働者らです。
原告らは複数の問題をテーマにしましたが、その中の一つに、1年単位変形労働時間制が無効であることを理由とする時間外勤務手当等(割増賃金、いわゆる残業代)の請求がありました。
その中で過半数代表者の選任の適否が問題になったところ、裁判所は、次のとおり述べて、適式な過半数代表者との協定がないとして、1年単位の変形労働時間制の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「被告では,平成23年頃から,被告のフィリピンにおける法人であるE(以下『現地法人』という。)において,フィリピン人を従業員として採用し,被告において就業させており,当該従業員をエコ・スタッフと呼んでいた。被告では,これまで,延べ数百人のエコ・スタッフを受け入れてきているところ,原告らが被告に在籍していた当時は,約40,50名程度のエコ・スタッフが在籍していた。なお,被告の従業員は,令和3年時点で160名程度であるところ,そのうちの50名程度が外国人従業員である。」
「被告では,フィリピンからエコ・スタッフが来日した日の翌日又は翌々日に,オリエンテーションを実施し,エコ・スタッフに対し,被告における労働条件等について説明しており,平成27年頃までは,本件契約書及び後記のスケジュールと題する書面を用いて労働条件等を説明していた。なお,被告は,同説明の際,エコ・スタッフに対し,被告が主張する寮費に含まれる各費目の具体的な金額についてまでは説明していなかった。」
「被告では,全従業員を集めて,被告における問題等を話し合う会議(以下『全体会議』という。)を定期的に開催していたほか,全エコ・スタッフを集めて,エコ・スタッフ特有の問題等について話し合う会議(以下『全体会』という。)を年2回程度開催していた。少なくとも,全体会においては,その内容について通訳人を通じてタガログ語による説明がされていた。」
(中略)
「原告らは,平成27年4月24日,被告によるオリエンテーションにおいて,被告から,タガログ語の通訳を介して,労働条件等の説明を受けた(原告らは日本語の読み書きはできない。)。被告は,その際,本件契約書を用いて労働条件の説明をし,原告らは,同日,同契約書に署名した。」
(中略)
「原告らは,上記各労使協定(1年単位変形労働時間制にかかる労使協定 括弧内筆者)を締結した労働者代表を決めるための選挙には参加しておらず,そのような選挙が行われたこと自体認識していない旨主張する。」
「この点,被告の取締役兼工場長であるAは,証人尋問において,上記各労使協定の労働者代表とされているCは,被告の全体会議において,毎年10月頃,従業員の意見を踏まえて選出されていた旨述べているが,他方で,労働基準監督署に届けられた上記各労使協定に関する協定届には,労働者代表の選出方法は『挙手による』と記載されているところ,Aは,選出方法については,挙手していた記憶もあるなどと述べており,労働者代表の選出方法に関する証言には曖昧な部分がある。また,平成25年10月から平成29年10月までの間及び平成30年10月以降被告において勤務しているエコ・スタッフであるDも,証人尋問において,労働者代表としてCが選出されていた旨述べているものの,他方で,労働者代表選挙はない,労働者代表の選出方法については理解できないなどと述べたり,労働者代表は会社が選んだなどと述べたりしており,労働者代表の選出過程についての証言は一貫していない。さらに,原告X1は,被告が労働者代表を選出したと主張する全体会議について,タガログ語による通訳はなかった旨供述していること,また,原告らは,オリエンテーションにおいて,本件契約書に基づいて労働条件の説明を受けているところ,同契約書の第7項には『労働時間8時間を過ぎてから残業とする。』と記載されており,被告が主張する1年単位の変形労働時間制の内容とは矛盾した記載がされていることに加え,Dの変形労働時間制に関する証言内容も考慮すると,原告らを含むエコ・スタッフが変形労働時間制の内容について正確に理解できていたとは認め難い。加えて,前記前提事実・・・によれば,被告の時間外労働及び休日労働に関する平成27年及び平成28年の各労使協定届には,労働者代表であるCの選出方法は『投票による選出』と記載されており,これらの労使協定と変形労働時間制に関する労使協定の締結日は同じ日であるのにもかかわらず,その選出方法は,協定届上も一貫していない。」
「以上のように,各証人の労働者代表の選出方法についての証言は曖昧で一貫性を欠くものであることに加え,上記で指摘した事実を踏まえると,Cが労働者代表として適法に選任されたとは認められない。その他にCが労働者の過半数を代表する者として選出されたことを認めるに足りる的確な証拠はない。」
(中略)
「そうすると,上記各労使協定書は,いずれも,労働者の過半数を代表する者との書面による協定により定めるとの労基法32条の4第1項の要件を満たしていないから,原告らに対し,1年単位の変形労働時間制を適用することはできない。」
3.全体会はなかった? 通訳がなかった?
通訳に関する指摘については、二つの読み方が考えられます。
一つは、
全大会には通訳がついていた
通訳がついていないのであれば、全大会は開催されていない、
過半数代表を選出した全大会は存在しない、
という事実認定上の脈絡で使われているという読み方です。
もう一つは、
160名中50人程度までもが外国籍の労働者で構成される職場で、
日本語能力の読み書きができない労働者もいる中、
通訳なしで過半数代表者を選出しようとしたところで、内容を理解できない者が生じるのは必定であり、
通訳がなしに過半数代表を選出したことは、その効力を判断するうえで消極的に捉えられる(選任手続が法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施されたとは言えないのではないか)
という読み方です。
事案の内容からして、前者のような意図である可能性も否定できませんが、それでも通訳について言及したことには、大きな意味があるのではないかと思います。
当該職場にいる外国人の日本語能力の水準にもよるものの、過半数代表の選出プロセスにおける通訳の関与の有無は、その効力を考えるうえでの視点として意識しておく必要があります。