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合意退職の争い方-「もういいです」の発言単体では退職の合意があったとは認められないとされた例

1.退職勧奨で強引に合意が取得される問題

 退職勧奨については、次のように理解されています。

「勧奨行為を行うことは基本的に自由である」

「しかしながら、社会的相当性を逸脱した態様での半強制的ないし執拗な退職勧奨行為が行われた場合には、労働者は使用者に対し不法行為として損害賠償を請求することができる」(佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕540頁参照)。

 一般的な使用者は、退職勧奨にあたっても、不法行為にならないように注意します。

 しかし、不法行為の成立のハードルが高いことも相まって、退職勧奨の場面では、しばしば無理な合意形成が行われがちです。

 この無理な合意形成が行われるパターンの一つに、労働者の言葉尻を捉えて合意書を作ってしまうことがあります。退職勧奨を受けると、大抵の労働者、心を揺り動かされます。例えば、

「辞めたくない、しかし、辞めなかったところで冷や飯を食わされるのではないか」

といったようにです。

 心の揺れは言動にも表れ、本当は退職をしたくないと思っていても、退職を容認するかのような発言をしてしまうことがあります。この瞬間を捉えて、退職合意書が作られることになります。

 この種の紛争は実務上本当に多いため、どのような言動が致命傷になり、どのような言動なら挽回可能なのかについては、労働事件を取り扱う実務家の関心事となっています。近時公刊された判例集に、こうした問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介している、東京地判令6.2.29労働判例ジャーナル151-42 日本ラベル事件です。これは合意退職の成否が問題になるケースにおいて、様々な示唆を与えてくれます。

2.日本ラベル事件

 本件で被告となったのは、印刷を業とする株式会社です。

 原告になったのは、昭和34年生まれの男性で、被告と定年後再雇用契約を交わしていた方です。

 定年後再雇用契約は、1年更新の契約となっており、

平成31年3月11日~令和2年3月10日

で開始された後、

令和2年3月11日に自動更新されました。

 しかし、被告は、令和2年8月上旬ころ、雇用期間を

2020年3月11日~2020年8月15日

とする雇用契約書(本件雇用契約書)を作成し、退職合意(本件退職合意)が成立したとして、令和2年(2020年)8月15日付けで原告を退職扱いとしました。

 これに対し、本件雇用契約書の偽造等を主張して、本件退職合意の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、本件雇用契約書の偽造を否定したうえ、次のとおり述べて、本件退職合意の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、令和2年8月3日、B前専務から、原告、B前専務及びC前社長(なお、C前社長は、令和3年9月頃に死亡した。)の3人で話をしようなどと告げられ、被告の社長室に来るよう指示を受けた。これを受けた原告は、社長室に赴くに先立ち、LINEで『今月で終わりかもしれないな 専務が社長と3人で話ししようと設定した 日付的に 会うな(原文ママ)』とのメッセージを同僚に送信した。」

「同日13時頃、原告が被告の社長室に赴くと、社長室には、B前専務及びC前社長がおり、面談が実施された(以下『本件面談』という。)。本件面談において、原告は、B前専務から、新型コロナ感染症の影響で原告の仕事がほとんどなく、原告には被告を辞めてもらう旨を告知された。この告知を受けて、C前社長は、D従業員を社長室に呼び出し、同従業員に対し、有給休暇を混ぜて原告の退職日をいつにするかを決めるよう指示したところ、同従業員は、雇用保険の受給の関係で有利になることから、本件再雇用契約に関し、契約満了日を令和2年8月15日とする雇用契約書を作成することをもって処理する旨を説明するなどした・・・。」

「前記・・・の本件面談後の令和2年8月5日頃、令和2年3月11日以降の本件再雇用契約に係る雇用契約書として、日付を令和2年3月10日付けに遡る形で、『契約期間』欄に『2020年3月11日~2020年8月15日(業務引継ぎの為延長)』との記載がされた本件雇用契約書・・・が作成された。」

(中略)

「原告は、本件雇用契約書・・・が偽造されたものである旨主張するので、その成立の真正を検討するに、鑑定の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件雇用契約書の原告の氏名は原告が自署したものと認められ、本件全証拠を検討しても、これを覆すに足りる証拠はない。なお、原告は、上記鑑定の結果につき、鑑定方法に疑義を呈するなどして、その証明力を争うが、原告の提出する各証拠・・・を検討しても、本件雇用契約書に署名された原告の氏名が原告の筆跡によるものであるとする上記鑑定の結果につき、その証明力を左右するものではない。」

「したがって、本件雇用契約書は、真正に成立したものと認められる。」

「そこで、更に進んで、令和2年8月5日頃に作成された本件雇用契約書をもって、その記載内容とは異なり、原告と被告との間で本件退職合意があったと認められるか否かを検討する。」

「まず、被告は、原告が『もういいです』との発言をしたことから、これを退職の意向であるものと受け取り、退職の手続として本件雇用契約書を作成した旨主張し、B前専務もこれに沿う供述をする。しかしながら、原告は、上記発言をしたことを否認しているところ、本件全証拠を検討しても、上記発言の存在を根拠付ける的確な証拠は存在せず、前記・・・の認定事実・・・によれば、B前専務から本件面談の設定を受けた原告が『今月で終わりかもしれないな』などと自ら退職を申し出た者が送るには不自然な内容のLINEのメッセージを同僚に送信していることが認められることからすれば、原告が『もういいです』との発言をしたとのB前専務の上記供述を直ちに採用することはできない。また、仮にB前専務の供述を前提とするとしても、原告が「もういいです」との発言をした前後の会話内容や事実経緯は必ずしも明らかではなく、しかも、B前事務は原告に対して『もういいです』との発言の趣旨が退職の意向である旨の確認をとることのないまま、原告に退職の意向があるとの報告をC前社長に行い本件面談を設定したことになる。そうであるとすれば、『もういいです』との原告の発言の有無にかかわらず、前記・・・の認定事実・・・のとおり、原告は、C前社長及びB前専務のいずれからも退職の意向の確認を受けることのないまま、本件面談において、B前専務から、被告を辞めてもらう旨の発言を一方的に受けたものと認められる。

「そして、被告は、就業規則55条1項及び再雇用社員に係る雇用契約書により、社員が自己の都合により退職しようとするときは、少なくとも14日前までに退職願(会社の所定用紙)を提出しなければならない旨を定めているにもかかわらず、原告の退職扱いに関しては、原告に対して上記退職願の提出を求めることはせず・・・、被告の所定の退職手続をとらずに敢えて契約終了日を繰り上げる旨の記載をした本件雇用契約書を作成したことが認められる。この点について、被告は、雇用保険の受給の関係で原告に有利になるように取り計らったものである旨の主張をするが、仮にそのような取り計らいの下に本件雇用契約書が作成された面があったとしても、前記・・・の認定事実・・・及び上記説示のとおり、本件面談においては、原告に対して退職の意向確認が一切されることのないまま、C前社長により本件雇用契約書の作成が指示されたものである。また、被告が敢えて所定の退職手続とは異なる方法を採るのであれば、それについての十分な説明と原告の了承を得ることが求められるにもかかわらず、本件全証拠を検討しても、本件雇用契約書の作成に当たり、契約期間の終期を令和2年8月15日とする本件雇用契約書の記載内容とは異なり、既に自動更新されていた本件再雇用契約につき令和2年8月15日をもって合意退職により終了とすることについての十分な説明があったとも認められない。そうすると、令和2年3月11日付けで同日から令和3年3月10日までの1年間の雇用期間で自動更新された本件再雇用契約に関し、原告が自署して本件雇用契約書が作成されたからといって、原告と被告との間で、本件雇用契約書の記載内容とは異なる内容の合意として、本件再雇用契約をその雇用期間の途中である令和2年8月15日をもって退職とする旨の本件退職合意があったと認めることはできない。」

以上によれば、原告と被告との間で本件退職合意があったと認めることはできない。

3.経緯、脈絡の不明な単発の発言の切り抜きが挽回可能とされた

 上述のとおり、裁判所は「もういいです」との発言の有無にかかわらず、退職合意の成立は認められないと判示しました。退職のような重大な意思表示に関しては、会話の脈絡が分からない中、言葉尻を捉えて認定することはできないし、使用者からの十分な意思確認が必要ということなのだと思います。

 慎重な使用者は退職勧奨の場面を録音していることもありますが、労使とも録音していない密室での合意退職の成否が問題となる事案において、退職の意思表示の効力を争って行くにあたり、裁判所の判断は実務上参考になります。

 




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