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宛先の会社名の誤記と退職届等の効力

1.退職をめぐるトラブル

 退職時に労働者が不安に思うポイントには、大雑把に言って、

① 辞めさせてくれない(退職妨害)、

② 辞めさせてはくれるけれども、辛く当たられる(ハラスメント)、

の二つがあります。

 いずれの不安を解消するうえでも、

退職の意思表示を行うとともに、

退職日までの労働日を有給休暇で埋めてしまう、

という手法が有効に機能します。退職日を超えて有給休暇の時季変更権を行使することが許されないと理解されているからです。

 例えば、東京地判平29.2.21労働判例1170-77代々木自動車事件は、

「時季変更権の行使には、その前提として、他の時季に有給休暇を取得する可能性の存在が前提となるところ、原告は、定年退職時に未消化有給休暇全ての取得を申請しているのであるから、他の時季に有給休暇を取得する可能性が存在せず、被告において時季変更権を行使することは認められない。」

と判示していますし、昭49.1.11基収5554号は、

「当該労働者の解雇予定日をこえての時季変更は行えないものと解する」

としています。退職日までの労働日を有給休暇で埋められてしまうと、時季変更権を行使することができないため、労働者は引継ぎ名目で出勤させられることなく、勤務先を退職することができます。

 それでは、時季変更権の行使による有給休暇の取得の阻止が許容されないとして、労働者側の揚げ足をとるような形で、意思表示(退職意思、有給休暇の取得意思)の不到達を主張することはどうでしょうか? 例えば、通知の宛先の会社名表記に誤記があったことを理由に「通知が到達していない」と主張することは可能なのでしょうか?

 昨日ご紹介した、東京地判令6.1.23労働判例ジャーナル151-56 アドフューチャー事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.アドフューチャー事件

 本件は、いわゆる残業代(割増賃金)請求訴訟です。

 本件で被告になったのは、インターネットの出会い系サイトの運営等を主たる業務とする株式会社です。

 原告になったのは、上記サイトのサポート業務等を行っていた被告の元従業員の方です。

 原告の方は、被告を退職するにあたり、

「通知人は、本日以降の出勤日につき、有給休暇を取得した上で令和4年7月9日をもって退職をいたしますので、本書にて通知申し上げます。」

などと書かれた内容証明郵便を送っていました(本件退職届等)。

 しかし、宛先が「アドフューチャー」ではなく「アドヒューチャー」となっていたことから、本件の被告は、

「本件退職届等は、被告の表示を誤っていたことから、被告に到達したとはいえない。」

と主張し、意思表示到達の効力を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「被告は、本件退職届等の宛先の表示が誤っていたことから、本件退職届等が被告に到達したとはいえない旨主張し、証拠・・・によれば、本件退職届等の宛名が被告の商号である『株式会社アドフューチャー』ではなく、『株式会社アドヒューチャー』となっていたことが認められる。しかしながら、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件退職届等は、被告代表者の住所宛てに発信され、被告代表者がこれを受領していることが認められるほか、被告とは別に代表者を同じくする『株式会社アドヒューチャー』という会社が存在するといった事情も見当たらないこと等を考慮すると、上記宛名の誤りは、会社としての同一性を失わせるものとはいえない。そうすると、本件退職届が令和4年6月16日、被告に到達し、原告が同日から同年7月9日までの間の出勤日について、年次有給休暇の時季及び日数を指定したという上記・・・の認定が左右されるものではない。

3.常識的に誤記と分かる範囲での誤記は問題にならない

 上述のとおり、裁判所は、会社としての同一性を失わせるものではないから、誤記は意思表示の効力を左右しないと判示しました。

 確かに、誤記はないに越したことはないのですが、実務では、微細な誤記を気にするよりも、とにかく早く事件を進めることを優先した方が良い局面が少なくありません。退職に労働者が不安を抱えているような場面も、そうした局面の典型です。特に、精神的な不調が生じているような場合には、一日も早く通知を出して出勤の負担を解消することが重要です。

 余程特殊な事情でもない限り、通常、常識的に分かるレベルの誤記は事件の帰趨を左右するような問題にはならないので、形式に拘るよりも、速やかに行動することが大切です。

 




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