1.賃金直接払の原則
労働基準法24条1項は、
「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。」
と規定しています。
本文で直接労働者に支払わなければならないとされていることを、講学上「直接払の原則」といいます。この直接払の原則は、
「中間搾取を排除し、労務の提供をなした労働者本人の手に賃金全額を帰属させるため、労働者本人以外の者に賃金を支払うことを禁止する」
ことに趣旨があります。
賃金の支払方法に関する法律上の定めについて教えて下さい。|厚生労働省
それでは、この直接払の原則は、どれだけ厳格なものなのでしょうか?
例えば、保護されるべき労働者自身が同意している場合にも、例外は認められないものなのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令6.5.31労働判例ジャーナル149-34 水工エンジニアリング事件です。
2.水工エンジニアリング事件
本件で被告になったのは、水道処理施設の設置、メンテナンス等を事業内容とする株式会社です。
原告になったのは、被告の元従業員の方です。被告の代表取締役bの娘と婚姻して被告に入社した経緯があります。
その後、原告はbの娘と離婚しました。原告夫婦には3人の子がいましたが、離婚以前からbの妻・hに養育されており、この養育状況は離婚後も同様でした。
本件の原告は、自身の承諾がないにもかかわらず、給与の一部や賞与をbやh名義の口座に振込み、原告に支給しなかったと主張し、賃金の支払等を求める訴えを提起しました。
本件の被告は、次のとおり述べて、賃金の支払義務を争いました。
(被告の主張)
「原告とbの娘の離婚により、子らの養育が問題となった。子らの親権者はbの娘となったものの、同人は身体障がい者であることから、子らの養育は事実上祖母であるhが行うほかなかった。そこで、原告は、子らの養育費としてhに金銭を支払うこととし、『嫁に払ったら別の用に使われる虞れがあるので、おばあちゃんのところに振り込んで下さい。』などとして、給与の振込先をh宛とするように指定した。具体的には、別紙2『原告による振込先の指定内容』記載のとおりである。」
「令和2年9月分については、原告と連絡が取れなくなったことから、やむを得ず原告が振込先として従前指定していたh名義の口座に振り込んだ。」
「よって、賃金は全額支払済みである。」
この事件で、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を一部認容しました。
(裁判所の判断)
「被告は、別紙2記載のとおり、原告から振込先の指定を受けた旨主張し、b(被告代表者)もその旨供述する。」
「しかし、原告はこれを否定する供述をしており、bの上記供述を直ちに採用することはできない。ほかに、被告の上記主張を認めるに足る的確な証拠はない。」
「また、仮に、原告が、h名義の口座やb名義の口座に賃金を支払うことを指定又は承諾していたとしても、賃金は、直接労働者に、その全額を支払わなければならないのであるから(労働基準法24条1項)、第三者名義の口座への支払を有効な賃金の支払と認めることは困難である。」
「よって、h名義の口座又はb名義の口座への振込により給与の全額を弁済したとする被告の主張は採用できず、弁済の抗弁には理由がない。」
3.同意があっても直接払の原則違反は認められない
以上のとおり、裁判所は、傍論ながら、承諾があったとしても、賃金直接払の原則の例外は認められないと判示しました。
確かに、中間搾取するような人は本人に同意を強いるでしょうから、承諾がありさえすれば例外が認められるとなると、直接払の原則の意味がなくなってしまいます。裁判所の判断は、条文の趣旨を重視したものといえます。
そして、本件の特徴は、それが(元)家族であっても変わらない、養育費の趣旨であっても変わらないと例外を認めなかったところにあります。
親族経営の会社では、家事事件と労働事件とが組み合わさったような複雑な法律関係が形成されることがあります。本件は、そうした事件を処理するにあたり、実務上参考になります。