1.解雇規制を潜脱しようとして失敗するケース
労働契約法16条は、
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」
と規定しています。
採用内定が解約留保権付労働契約と理解される場合(多くの場合、そのように理解されると思います)、採用内定取消は解雇権の行使であり、労働契約法16条の適用を受けることになります。
労働契約法16条の適用下において、解雇(採用内定取消)は、そう簡単には認められません。解雇(採用内定取消)が認められるためには、それなりに強い事情が必要になります。
こうした規制を嫌ってか、強引に合意退職を成立させようとするケースは後を絶ちません。労働者が合意していないのに、強引に合意退職が成立したかのような既成事実を積み上げようとするのはその典型です。
それでは、このような強引に合意退職を成立させようとする行為は、法的にはどのように理解されるのでしょうか?
あくまで合意解約の申込みをしているだけだ(ただし、承諾されていない)と理解されるのでしょうか?
それとも、最早、解雇であると理解されるのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.12.18労働判例ジャーナル149-62 FIRST DEVELOP事件です。この事件では、使用者が労働者に送付した「内定辞退受入通知」をどのように理解するのかが問題になりました。
2.FIRST DEVELOP事件
本件で被告になったのは、IT関連システム開発、コンピュータソフトウェアの開発等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、中華人民共和国籍の男性です。日本の大学に在学中、被告代表者による採用内定を受け、令和4年2月7日に始期を同年4月1日とする雇用契約書を取り交わしました。
しかし、令和4年3月28日、被告管理部の従業員cから、
「入社前研修講座について大幅な進捗後れがあったため、原告と被告代表者が話合いの上、原告が内定辞退を受け入れた」
という記載のある
「内定辞退受け入れ通知」
を送られました(本件内定辞退扱い)。
こうした扱いを受け、原告が東京都労働相談情報センターに相談に行ったところ、令和4年4月3日、cから
「被告代表者から、明日出勤するように言われていること、出勤時間は9時から18時であること」
の連絡を受けました。
これに対し、原告の方は「冗談じゃない」と回答するとともに、内定辞退扱いが違法無効であることを理由として地位確認等を請求する訴えを提起しました。
原告の請求には、内定辞退扱いの違法性を理由とする損害賠償も含まれていましたが、裁判所は、次のとおり判示しました。
(裁判所の判断)
「前記前提事実・・・及び前記認定事実によれば、被告代表者は、令和4年3月、原告が被告で受講していた研修の進捗状況に不満を持ち、その旨を原告に伝えていたこと、被告は、同月22日には、原告に対し採用内定の辞退を促し、原告の研修を打ち切っていること、同月28日、原告に対し本件内定辞退通知を送付し、その中においても原告の入社前の研修の大幅な進捗遅れを指摘していたこと、原告は、被告の上記対応について、東京都労働相談情報センターに相談に行っていたことなどが認められる。これらの事実からすれば、本件内定辞退扱いは、被告代表者が原告の研修内容等に不満を持ち、原告からの内定辞退の申出がないにもかかわらず、原告が採用内定を辞退したものと被告が取り扱ったものと認めるのが相当である。」
「これに対し、被告は、原告が、同月22日、被告代表者に対し、別の会社に行きたいと相談した旨主張し、被告代表者はこれに沿う供述をする・・・。また、原告が被告の研修資料を利用して、被告で禁止されているリモートでの研修を行ったためにトラブルになった旨を供述する・・・。しかし、原告は、就労ビザを取得しないと帰国を余儀なくされる立場にあったところ、同年1月17日に被告から採用内定を取得したことを受け、同月18日に得ていた他社からの採用内定を断っており・・・、就労可能な在留資格のためには同年4月1日から被告に入社する必要性が高かったといえること、原告は、上記のとおり、東京都労働相談情報センターに相談に行っており、被告への入社実現に向けた行動をしていることなどが認められる。このような状況において、原告が被告の採用内定を辞退することは考え難く、被告代表者の上記供述を採用することはできない。また、被告代表者は原告からリモート学習を相談された旨も供述し、原告からのチャットも指摘するが・・・、同チャットは『社長、つまりsqlは私のほうで自分でこの操作を行うということでしょうか』という内容であり・・・、原告自らが被告からの採用内定辞退を望むようなトラブルがあったものとは認められない。したがって、被告の上記主張を採用することはできない。」
「そして、他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。以上より、本件内定辞退扱いは、被告による労働契約の一方的な解約の意思表示(採用内定の取消し)であるところ、客観的合理的理由を欠き、権利濫用に当たり無効である。したがって、原告は被告に対し、本件労働契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあると認められる。」
(中略)
「前記・・・記載のとおり、本件内定辞退扱いは無効であるところ、前記認定事実によると、原告は、被告の指示に従い入社前に事前研修を受けたが、その内容・進捗状況等について、被告から原告が不足する部分について具体的な指摘はなかったこと、採用内定辞退の申出をしていないにもかかわらず、被告から一方的に原告が辞退したという扱いをされたこと、本件内定辞退扱いの数日後には説明もなく出社を命じられるなどしたことなどが認められる。また、被告に対し、原告から、被告の対応について説明を求めても、原告からの連絡に応答しないなど原告からの連絡自体を拒絶されていたこと・・・、原告は、被告に入社できなかったことにより、就労可能な在留資格を維持するため、3か月以内に新しい仕事を見つけられなければ帰国せざるを得ない状況に置かれたこと・・・、このような状況に原告が精神的に追い詰められたこと・・・なども認められる。上記事実関係の下では、本件内定辞退扱いは、留学生であった原告の生活状況を著しく不安定な状態に陥れるものであり、著しく相当性を欠くといえ、原告に対する不法行為を構成するというべきである。」
「そして、上記事情を総合的に考慮すれば、原告には、財産的損害を回復してもなお償えない精神的損害が存在すると認めるに足りる特段の事情があるというべきであり、その慰謝料は30万円と認めるのが相当である。また、本件訴訟の内容及び経過等から、不法行為と相当因果関係が認められる原告の弁護士費用相当額は上記認容額の1割である3万円と認める。」
3.強引な辞職・合意退職扱いは、最早解雇
上述のとおり、裁判所は、内定辞退受入通知を、
「被告による労働契約の一方的な解約の意思表示(採用内定の取消し)」
つまり解雇だと理解しました。
常識に沿う順当な判断だと思います。本件は、辞職、合意退職扱いを強行された場合に、これを解雇と理解したうえで法的措置をとることを認めたものです。不法行為該当性を認めていることも含め、実務上参考になります。