1.基本給減額の有効性
就業規則や給与規定に基づく賃金減額に関して、東京地判平16.3.31労働判例873-33 エーシーニールセン・コーポレーション事件は、次のような判断を示しています。
「原告らは、成果主義による給与制度を実施することを一内容とする平成12年12月1日施行の就業規則、給与現定に従うことを個別に被告との間で合意した。もとより、労働契約の内容として、成果主義による基本給の降給が定められていても、使用者が恣意的に基本給の降給を決することが許されないのであり、降給が許容されるのは、就業規則等による労働契約に、降給が規定されているだけでなく、降給が決定される過程に合理性があること、その過程が従業員に告知されてその言い分を聞く等の公正な手続が存することが必要であり、降給の仕組み自体に合理性と公正さが認められ、その仕組みに沿った降給の措置が採られた場合には、個々の従業員の評価の過程に、特に不合理ないし不公正な事情が認められない限り、当該降給の措置は、当該仕組みに沿って行われたものとして許容されると解するのが相当である。」
このように、就業規則や給与規定に基づいて賃金を減額するにあたっては、
就業規則等の労働契約上の根拠、
公正な手続、
仕組み自体の合理性、公正さ、
評価の過程に不合理・不公正な事情がないこと、
といったものが必要になります。
では、そうであるとして、就業規則等には、どこまでの内容を定めておくことが求められるのでしょうか? 賃金の減額事由や減額幅まで明示されている必要があるのでしょうか? それとも、就業規則等でそこまで定めることまでは求められておらず、賃金テーブルのような内部的資料をもって、「合理性」「公正さ」が担保されていれば足りるのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.12.14労働判例ジャーナル148-36 住友不動産ベルサール事件です。
2.住友不動産ベルサール事件
本件で被告になったのは、イベントホール、貸会議室等の施設運営事業等を営む株式会社です。
原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、営業部第三営業所長兼設営事業所長として勤務していた方です。これは賃金テーブル上「所長3級」と位置付けられていましたが、平成30年10月1日付けで所長の職を解かれ、職務を営業職に変更されるとともに(本件降格)、職級を所長3級から営業職1級に変更されました。こうした取扱いを受け、本件降格の効力や賃金減額の効力を争い、地位の確認や差額賃金の支払等を求める訴えを提起したのが本件です。
裁判所は、本件降格の効力は認めたものの、次のとおり述べて、賃金減額の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「被告は、給与規程9条1項及び2項を根拠として、本俸及び諸手当が能力、実績、技量、勤怠等を参酌して上位又は下位に相当すると判断したとき、業務内容の変更に伴って相当でないと判断したときは、昇給又は降給させることができる旨主張する。」
「賃金は労働者にとって最も重要な労働条件の一つであるから、これを使用者が労働者との合意なく一方的に変更できるためには、労働契約又は労働契約の内容となる就業規則上の根拠が必要であり、労働契約又は就業規則において、少なくとも賃金を減額する事由及び当該事由に対応する具体的な減額幅が明示されている必要があると解すべきである。」
「これを本件についてみると、まず本俸については、給与規程上、『能力、実績、技量、勤怠等を参酌し、上位または下位に相当すると判断した場合、昇給又は降給することがある。』(9条1項)、『業務内容の変更に伴い、その業務に相当しないと会社が判断した場合、昇給または降給することがある。』(同条2項)と定められているのみであって、賃金を決定する際の考慮要素は示されているものの、少なくともどのような場合に、どの程度の金額を減額するのかを読み取ることはできないから、賃金を減額する事由及び当該事由に対応する具体的な減額幅が明示されていたとは認められない。たしかに、被告においては、賃金テーブルを設け、配置された役職ごとの基本給を定めていたことが認められるが・・・、少なくとも、当該賃金テーブルは労働契約又は就業規則に定められたものではなく、労働者への周知もされていなかったのであるから・・・、被告が賃金テーブルを設けていたとしても、労働者の基本給を減額するための労働契約又は就業規則上の根拠としては不十分であるといわざるを得ない。」
(中略)
「以上の点を踏まえて検討すると、被告が原告の本俸を減額した点については、労働契約又は就業規則上の根拠がなく無効というべきである」
3.減額事由や具体的な減額幅まで就業規則による明示、周知が必要
上述のとおり、裁判所は、就業規則や給与規程に基づいて賃金を減額するにあたっては、「減額事由及び当該事由に対応する具体的な減額幅」の明示まで必要であると述べ、労働者に周知されていなかった賃金テーブルでは根拠として不十分であると判示しました。
本件で被告となった会社もそうですが、就業規則や賃金規程に減額事由・減額幅が明示されていない会社は相当数あるように思います。裁判所の判断は、こうした会社に勤めている人が賃金減額の効力を争って行くにあたり、実務上参考になります。