1.パワーハラスメントの類型
職場におけるパワーハラスメントとは、
職場において行われる
① 優越的な関係を背景とした言動であって、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③ 労働者の就業環境が害されるものであり、
①から③までの要素を全て満たすものをいう
と定義されています(令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」参照)。
そして、パワーハラスメントには、
イ.身体的な攻撃、
ロ.精神的な攻撃、
ハ.人間関係からの切り離し、
ニ.過大な要求
ホ.過小な要求
へ.個の侵害
といった類型があるとされています。
このうち、
人間関係からの切り離し
には、
① 自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること
② 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること
が該当するとされています。
しかし、追い出し部屋の問題が広く知られるようになってきている昨今、労働者を別室に隔離するといったような露骨なハラスメントが行われる例は、それほど多いわけではありません。また、集団での無視、孤立化にしても、統一的な意思の連絡のもとで行ったことを示す証拠に被害を受けた労働者がアクセスできる例は極めて稀です。そのため、集団で無視されていたとしても、使用者側が「そんなことを指示した事実はない」と言えば、有耶無耶になる例が多いのが実情です。
このように、「人間関係からの切り離し」類型のハラスメントに違法性が認められる例は、それほど多くないのですが、近時公刊された判例集に、このタイプの嫌がらせに不法行為該当性が認められた裁判例が掲載されていました。東京地判令5.10.25労働判例ジャーナル147-32 サザビーズジャパン事件です。
2.サザビーズジャパン事件
本件で被告になったのは、美術品・骨董品・酒類の競り売り企画及び開催等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、西洋美術部門のクライアントサービス・コーディネーター(CSC)として勤務していた方です。勤務成績・勤務態度不良等を理由に解雇されたことを受け、
解雇の無効を主張して地位確認等を請求するとともに、
在勤中に受けた扱いが不法行為等に該当すると主張して損害賠償を請求した
事件です。
原告が主張した在勤中の行為には様々なものがありますが、その中に、
「他の労働者からの切り離し、差別的取扱い等」
がありました。
裁判所は、地位確認請求は棄却したものの、次のとおり述べて、原告が主張した行為の一部について、不法行為該当性を認めました。
(裁判所の判断)
「ア 認定事実」
(中略)
「(エ)被告においては、毎週月曜日の午前9時半又は10時から朝の定例会を開催しており、少なくとも各自の業務の進行状況等が話題に上っていたが、被告は、本件配置換え後は、原告に対し、朝の定例会に出席しなくてよい旨を伝えて、これに出席することを認めなかった。被告の従業員(正社員)で、朝の定例会に出席していないのは原告のみであった・・・。」
「(オ)被告は、同年12月初旬ころには、原告に関して、SAPシステム、クライアントシステム及び共有サーバーへのアクセスを遮断した。その結果、被告の従業員(正社員)でクライアントシステム及び共有サーバーへのアクセス権を有していないのは原告のみとなった・・・。」
(中略)
「(キ)原告は、令和3年7月2日に、社内のカレンダーで予定が記載されていた勉強会に参加したい旨を申し出たところ、被告は、今回は顧客対応の方向けのレクチャーなのでとの理由で、原告の参加を断った・・・。」
「イ 認定事実を踏まえた検討」
(中略)
「(エ)他方で、上記ア(エ)(オ)(キ)については、被告は、これらを行った理由として原告に対し、顧客対応は必要がない旨を指示していたところ、
〔1〕朝の定例会は顧客に関する情報の共有を目的としたものであったから顧客対応を行わない原告は参加する必要はなかった(必要な情報は別途連絡している)、
〔2〕原告は、顧客情報にアクセスする必要はないから、アクセス権を遮断したうえで、必要な資料をその都度提供していた、
〔3〕営業活動を担当しない原告は勉強会に参加する必要がないので、原告に参加を求めなかった
旨主張し、P7氏及び被告代表者もその旨供述する・・・。」
「たしかに、それぞれ単体の事実のみを検討した場合には、個々の行為が不法行為を構成するかについて疑義はある。しかしながら、
〔1〕朝の定例会では、顧客に関する情報以外の情報も話題に上っており・・・、被告の他の従業員(正社員)は全員出席している中で、情報共有の場として原告に出席を禁止するまでの必要性があったとまではいえないこと、
〔2〕SAPシステムに関しては原告の職務内容に明確に含まれている・・・とともに、クライアントシステム及び共有サーバーへのアクセスについても、被告代表者は秘密漏洩の可能性を感じたものの、何か具体的な兆候があったわけではない旨供述している・・・のに対し、現に原告は令和3年1月27日にP3氏から命じられた翻訳業務に関して、共有サーバーで自ら参考となる資料を探そうとしても、これができない旨を表明しており・・・、従業員(正社員)の中で原告のみをアクセスできなくする必要性が乏しいこと、
〔3〕勉強会についても、社内のカレンダーに記載され、原告を除く被告の従業員(正社員)すべてに案内されているものであり・・・、従業員(正社員)の中で原告のみ参加を禁止する必要性に乏しいこと
からすると、これらの一連の行為は、原告のみを被告の社内で孤立させ人間関係から切り離す目的で行われたと認められる。そうすると、原告に解雇事由に該当する事実があったことを考慮しても、これらの行為は原告の職務環境を意図的に悪化させるものであり、良好な環境で就労する原告の法的な利益を侵害するものであって、不法行為を構成するというべきである。」
「これらの行為が行われた態様、期間等を考慮すると、これによる慰謝料は30万円とするのが相当であり,弁護士費用は3万円とするのが相当である。」
3.「人間関係からの切り離し」類型の珍しい例
上述のとおり、裁判所は、
「原告のみを被告の社内で孤立させ人間関係から切り離す目的」
を認定し、定例会からの締め出しや、サーバーへのアクセス遮断、勉強会からの締め出しに不法行為該当性を認めました。
こうした行為自体はそれなりに見聞きするのですが、裁判所が、
「たしかに、それぞれ単体の事実のみを検討した場合には、個々の行為が不法行為を構成するかについて疑義はある。」
と指摘しているとおり、単体ではなかなか違法性の壁を突破できません。裁判実務には「不当だけれども違法ではない」というゾーンが結構広く存在しているからです。
しかし、複数の行為が認定できたこともあり、本件の裁判所は、これら行為の違法性を認めました。複数の事実を立証し切れる事実はそれなりに限定されるとは思いますが、本件のような裁判例でも、ないよりは遥かによく、「人間関係からの切り離し」類型のハラスメントの被害者の救済を考えるうえで、実務上参考になります。