何か書くタイミングを失ってしまっていますが,,,.
というXの投稿が流れてきましたが,そう思えるってことはその人が賢いってことで何でもかんでも名前つけなくても理解できるすごい人なのだと思います.あまり数学ができない人はできる人が意識せずに用いている考え方を意識せずには使えないので,それらを意識するために名前を介して考え方の概念を獲得しているのだと思います.
なお、鉄緑会のことは知りませんが,おそらく「特殊基本関数」という呼び方を始めたのは東京出版でしょう.少なくとも鉄緑会の創設よりも早くこの言葉を用いています.東京出版の新版解法の探究II(1981年あたりからの増刊号)によると合成関数の微分の結果になっているので原始関数が置換などをするまでもなく見抜けるような関数のことを「特殊基本関数」と呼んでいて,「まず原始関数を求めるべき関数が合成関数の微分の結果になっているかを考えましょう」ということを述べています.つまり合成関数の微分の逆操作のことを「特殊基本関数」と名付けているのではありません.ネーミングセンスの是非はともかくとして,雑誌には分量の制約があるので「まず関数が特殊基本関数かを考えましょう」のように短い言葉で考え方を伝えるために考え方を伝えるための言葉を生み出したのだと思います(本書では呼ぶことにしよう,というスタンスで書かれており数学用語でないことを暗に示唆していますが,昨今の誤解の事情を考えると,これは一般には使われていませんが便宜上本書では呼ぶことにしよう,とする方が良いのだと思います).
その点からすると,そのツリーにあった
のような考え方を見ると,「うん,東大を受けるような人は名前をつけなくてもわかる人たちだからそう思うよね」と感じてしまいます.
繰り返しになりますが,ファクシミリの原理(これは数学者の秋山仁氏も用いていたと思う)や予選決勝法(この2つの用語は駿台発祥のイメージがあります,知らんけど),そして最近ちょっと話題になっている逆像法とかは数学が得意な人があたりまえにやっていることを数学があまりできない人に伝えるために創造された用語であり,手法自体は受験数学の小手先のテクではなく問題を解くために非常に基本的な考え方ではないかと思います.むしろ小手先のテクニックというのはロピタルの定理のような数学的にはきちんとしているけれども適用条件に注意しなければいけない割にきちんと教えられていないために使えない場面でも使ってしまうような定理ではないかと思います.これって個人の感想ですよ.そしてこれらの言葉は名付けによる概念の獲得のスムース化を目指しており,それが一定の成果を挙げているので予備校文化や受験業界文化が何十年と続いているのだと思います.戦前からあるチャート式のチャートも同じ考え方だと思います.もちろん動物も概念の獲得をしているだろうから概念の獲得に名付けが必須ではありませんが,やはり文字や言語を介した名付けによる概念の獲得ができる人類だからこそ今のような文明を築くことができたのではないかと思います.
ここまでをまとめると,「典型的な考え方に名付けをすることは,それを自然に行うことができる数学が得意な人に対しては不要なことかも知れないが,多様な考え方を自由に選択できない数学が得意でない人に対しては考える選択肢を与えることができる可能性を与えるので悪くないことだと思う」というスタンスです.
ただ「名付け方が適切か」ということには議論の余地があると思います.「ファクシミリの原理」( を一定としてパラメータの変化による
の値域を考えること)はファクシミリ自体を知らない人が多いので名前を変えた方が良いというのはあると思いますし,「予選決勝法」(2変数関数の最大最小問題で1変数を固定したときの最大最小を考えるのが予選で,その最大値最小値を残りの変数を動かすことによって2変数を動かしたときの最大最小を求める手法)も何が予選で何が決勝なのか結びつきにくいというものもあると思います.もちろん一旦意味を理解すればまぁそんなものかという感じになると思いますが.
また「特殊基本関数」も何が特殊で何が基本ということなのかがわかりにくいという名付けの問題があります.個人的には暗算で原始関数が求まるような単純な置換を見出せば実際に置換することなく原始関数を書き下すことができるということから,脳内で置換するという意味を込めて「脳内置換」と呼ぶ方が良いのではないかと思います(他人には押しつけません).
最近だと「ワイエルシュトラス置換」(半角正接置換)とか「キングプロパティ」(積分区間の上端と下端を入れ換えるようなアファイン変換)を良く耳にしますが,名前から内容が推測できません.東京出版だと新版解法の探究IIに「エースの式」(水の問題における水量の変化が水面の面積×水面の高さの速度となること)がありますが,このネーミングセンスは絶望的だと思います.どなたが「エースの式」と名付けたのかは予想がつきますが.
ただ,この名称と概念の齟齬というのは致し方ない部分もあって,ピタゴラスの定理なんて数学をやる人ならば誰でも知っている定理だと思いますが,その名称からどのような定理か推測することはほぼ不可能です.オイラーの定理なんて多すぎて「どの?」という質問を返したくなってしまいます.文脈から判断することもありますし.数学で使われている用語の多くは自然な名称ではなく相互了解によって概念を共有しているように思います.
結語として,
「当たり前の考え方にいちいち名付けることは不要だと思うのは,そのような考え方が自然に思えるようになったということなので非常に素晴しいことではあるけれども,考え方のアプローチを分類して整理するために概念を創造することはそのような考え方がまだ自然に思えない人々にとって必要なことなんじゃないかな?だけど名前の付け方はもうちょっと考えようよ」
という感じでしょうか.
最後に補足しておくと,旧版解法の探究II(1975年頃の増刊号)では「特殊基本関数」も「エースの式」も登場しておらず,解法の探究IIの改訂のときに登場した言葉ではないかと思います.