切っ掛けの話だ。
あの人をここまで見続けてきた始まりの話だ。
あまりドラマチックなものではなかったかもしれない。些細なものだったかもしれない。人に言えば、笑われてしまうかもしれない。
それでも、今苦しい。ハッキリと見えないことが、確かな言葉にできないことが、ちゃんと思い出せないことが、死ぬほど苦しい。
だってそれじゃあ惰性じゃないか。自分がかつて忌み嫌った惰性で追い続けることじゃないか。
あの人の、あの人の周りにいる人の事を考えて、あの人を応援している人を眺めて、報われる人と報われない人を眺めて、ただ苦しい。
ただ苦しいよ。自分がどうしたいかもわからないし、どうしてあの人の出る舞台を観に行っているのか、考えてもわからないから。
切っ掛けも、理由も。
とある考え事の途中で、スマホの中にあった昔の写真を見返した。
懐かしかった。
懐かしくて、涙が出そうになった。
「昔は良かった」とか、そんなありきたりな懐古主義な話ではない……と思う。
でもきっと、昔はもっと頭カラッポにあの人を追いかけていた気がする。
もっとあの人に会えることを、会うまでの時間を待つことを、会うために移動することを、あの人を追いかけることを、あの人を想うことを純粋に楽しんでいた気がする。
変わってしまったんだろうか。変わってしまったんだろうな。
変わっていく中で変わらないものがあるんじゃない。変わらないものがあっても変わってしまうものなんだと、今そう思う。
時間が流れていく以上、変わらない事は不可能なんだ。
人生は前に進むことを強要する。自らの足で歩かなくとも、時間っていう動く歩道に乗っていて、ゆっくりと変わっていく。
別に自分の人生はあの人の物じゃない。あの人の影を見て、あの人にこだわる事なんて無くて良いし、もっとなんかこう、変な気負いとか、自己満足とか、そんなの掃ってもうちょい自由に楽しむものを楽しんで良いはずなんだけど。
でもそう考えれば考えるほど、寂しくなる。
今まで、ここを切っ掛けに出会った人との繋がりが薄くなってしまう事。ここまで色んな物を費やしてきた自分。
心を書いて、言葉を考えて、自分が今の自分で居られているのはあの人を追ってきた時間無しではありえないくらいで。
それが変わってしまうことが、怖いくらい寂しくて。
というか、もう既にその予兆が見え始めているような気がして、すごく怖い。
理由がぼやけて、あの人から少しずつ距離が生まれているような気がして、このまま行けば自分の中からあの人が薄れていってしまいそうで。
もし薄れて、消えてしまったら。
自分は、今の自分を作ってきた時間を否定したも同然だと考えて。
自己否定で自分の首を絞めることになる。俺は自己否定が大ッ嫌いだから。
だからって。
変わることが怖いからって。
惰性で良いわけないだろ。
あの人に。
確かな信念を持って役者生きてるあの人と向き合うのに。
惰性で良いわけないじゃん……
でももうわからない……
切っ掛けなんてわからないし……
理由もわからないし……
自分を傷つける、そんな一歩を踏み出す勇気も持ち合わせちゃいない。
変わる事を恐れて、前に進むことに乗れない。
ただの……死人。