来週、学生たちに向けて『AI時代に学ぶ意味』というテーマで講演を行う予定で、その要点をここにまとめておく。
AI時代に学ぶ意味
概ね、理由は以下のとおり。
- 良い質問をするために知識が必要
- AIの出力を評価する
- 抽象的なアドバイスを活用する
これらを実行するためには、一定の知識とスキルが必要である。 スキルを身につけるためには基礎知識があるうえで経験が必要であり、そのサイクルがまさに学びなのである。
そのため、AIが普及したとしても、人が学ぶことの重要性は変わらない。 その前提を踏まえたうえで、各ポイントについて説明する。
良い質問をするために知識が必要
AIに質問する際には、質問の意味を理解している必要がある。
そして質問するにはまず、自分の無知の状態を認識しなければならない。 無知には5段階のレベルがあって、自分がどの状態にあるのか理解する必要がある。 これをFive Orders of Ignoranceというホワイトペーパーにまとめてあるのだけど、それを解説した下記の記事がとてもわかりやすい。
引用元 : 質問は恥ではないし役に立つ #コミュニケーション - Qiita
Five orders of Ignoranceというペーパーで、無知のレベルには5つのレベルがあるとされています。
0OI: 全部分かっている
「答え」を持っている。あとは書き写すだけで完成する。
1OI: 分からないことが分かっている 答えを得るための「質問」を持っている。 2OI: 分からないことが分からない
「質問」を持たない状態。決定的な答えを引き出すための「質問」ができない。
3OI: 分からないことが分からない状況を何とかする術を知らない
2OI→1OI→0OIと進んでいくためのプロセスがない状態です。
4OI: 無知にレベルがあることを知らない
質問する際はこの中で自分がどのステップに居るのか理解しておくことが重要です。
この状態を把握するためにもまず、自分がどの程度の知識を知っているのか理解する必要がある。 たとえば野球が上手くなりたいと思っていても、そもそも野球のルールを知らないと、AIに「どうすれば野球が上手くなりますか?」と質問しても、適切な回答を得ることはできない。 バッティングが上手くなりたいのか守備が上手くなりたいのか、あるいは野球のルールが知りたいのか、質問の意図をAIに伝えることができないからである。
これは仕事全般にもあてはまることで、事務職でも開発職でも営業職でも同様である。 つまり自分が求める回答を導くような良い質問をするためには、ある程度の基礎知識が必要なのである。 そして知らないことは良い質問につなげることが難しいのである。
AIの出力を評価する
同じように、AIが出力してくれた回答を評価するためにも、一定の知識が必要である。 例えば、生成AIがそれっぽい間違った回答(ハルシネーション)を出力したときに、それが間違っているかどうか判断できる必要がある。
ハルシネーションは例えば存在しない論文を根拠に言い出したり、実際には起こり得ない事象を説明したりすることがある。 1+1=3は明らかに間違っているとわかるが、これは数学の基礎知識を持っているから判断できる。 同様に、専門的な知識が必要な分野であれば、その分野の基礎知識がないと、AIの出力が正しいかどうか判断できない。
ソフトウェアのような実際に自分が実行することで評価できるような対象であったり、「明日の天気はなんですか?」のように具体的な結果がでたりする行動や数値のようなものは評価できる。 だが「来年の株価を教えてください」のように評価までに時間がかかるようなものは難しいし、正しいかどうかの根拠を判断することも難しい。
このようにAIは万能ではないので、出力された内容を鵜呑みにせず、自分で評価する力が必要である。 そのためには質問のためと同様に、ある程度の基礎知識が必要となる。 どこまでいっても 意思決定は人が行う ので、そのための知識は不可欠なのである。
抽象的なアドバイスを活用する
間違っていないが抽象的なアドバイスを受け取ったときに、それを具体的な行動に落とし込むためにも知識が必要である。 例えば「健康的な食事を心がけましょう」というアドバイスを受け取ったときに、具体的に何をすれば良いのか理解するためには、ある程度の栄養学の知識が必要である。
サッカーで言えば「スペースを有効活用しましょう」というアドバイスを受け取ったときに、実際にどのように動けば良いのか理解するためには、サッカーの戦術やポジショニングの知識が必要になるし、チームの戦術や自分の役割も理解している必要がある。 これはAIに限らず、初心者と上級者の違いでもあり、上級者は抽象的なアドバイスを自分の知識と経験に基づいて具体的な行動に落とし込むことができる。
しかし初心者はそのまま受け取っても、具体的に何をすれば良いのか理解できないことが多く、適切な行動に結びつけることができない。 そのため、初心者のときはある程度具体的なアドバイスが必要になるし、その積み重ねの結果抽象的なアドバイスを活用できるようになる。
食事で言えば、最初は「野菜を日に350グラム以上取る」「揚げ物を控える」「間食を減らす」などの具体的なアドバイスが必要になり、三大栄養素の知識や食材選びの知識が増えることで、「健康的な食事を心がけましょう」という抽象的なアドバイスを受け取ったときに、自分で具体的な行動に落とし込むことができるようになるのだ。
学ぶうえで大切なこと
このように実はAI関係なく、そもそもアウトプットを評価したり、活用するためには昔から学ぶことが必要です。 AIはその強力なサポートをしてくれるだけで構造は変わらない、という話である。
では実際に学ぶうえで大切なことは何か。ということになる。 上級者であれば「学ぶことが大切ですよ」ということを理解して行動できる*1が、初心者であれば具体的なアドバイスが必要になるので、そのためのポイントを以下に示す。
自分で見つけた答えは忘れない
サッカー漫画のアオアシでもおなじみのエピソードである。

これは重要なことで、適切なタイミングで自分が見つけた答えというのは忘れにくい。 自分で見つけた答え、発見というのは強い成功体験であり、好子(強化子=ポジティブな経験)が伴うため、記憶に残りやすい。 これは行動分析学の基本的な考え方であり、パフォーマンスマネージメントって本がわかりやすいのでオススメである。
ということは、学ぶときにも自分で答えを見つけるプロセスを大切にする必要がある。 AIに質問して回答をもらうのではなく、自分で答えを見つける過程をサポートしてもらうのである。 前者は数学のドリルの答えをテキストに移すだけでは記憶に残らないが、後者は自分で解答を導き出す過程を家庭教師にサポートしてもらうようなイメージである。
前者はなぜその答えになったか理解できず、再現性がないが、後者は同じような問題に出会ったときに再現できる。 この積み重ねが知識の定着につながるのである。
発見は複数の知識から生まれる
自分で見つけた発見は好子に寄って記憶に残るが、その発見はどうやって生まれるのだろうか。 結論から言うと発見は複数の知識の組み合わせから生まれる。
例えば、三角形の面積を求めるとき、四角形の面積を求めて半分にするという発見をするためにはまず四角形の面積の知識が必要である。 そして三角形を二倍にすると四角形になるという知識があれば、その二つの知識を組み合わせて三角形の面積は四角形の面積を半分にすれば三角形の面積になる、という発見が生まれる。
義務教育時代の授業は概ねこのような自分で発見できるような知識の組み合わせを提供してくれている。 なのでみんなも知識の組み合わせから発見する経験は様々なところで経験しているのである。
躓いたり、理解できなかったりするのは、この知識の組み合わせの元になる知識が不足している場合が多い。 逆に発見は突拍子もないように見えても、既存の知識の延長上にあるのだ。
こうやって発見を繰り返し、一つ一つの知識を増やして言った結果、発見を生み出しやすくなり、学びが加速するのである。
内省が発見を促す
発見を促すうえで重要なことは内省である。 内省とは自分の行動や思考を振り返ることであり、今の自分の状態を理解し、問題を理解し、改善点を見つけるプロセスである。
これをコルブの経験学習モデルといって、学習のサイクルとして説明している。 引用元 : 強いエンジニアのなり方 - フィードバックサイクルを勝ち取る / grow one day each day

この内省的観測のプロセスが発見を促し、抽象的概念化が新たな知識を生み出す。 そしてこのステップはいつでも具体的経験から始まり、内省を促すためには具体的な経験、そのためには積極的な行動が必要なのである。
知っているとできるは違う
学ぶうえで重要なポイントは、知っているとできるは違う、ということである。 一回見ただけでは知っただけで、理解できているわけではないし、覚えているわけでもない。
理解するためには実際に行動し、試したうえで具体的な経験から内省的観測を行い、理解を深めていく必要がある。 例えば自転車には自転車の仕組みを知っただけでは乗れるようにはならない。 実際に乗ってみて、バランスを取る感覚を掴み、ペダルを漕ぐタイミングやハンドルの切り方を体験的に学ぶことで初めて乗れるようになる。
実際に乗れるようになって、ペダルを漕ぐと速度が上がり、直進安定性によってバランスが取れることを体験的に理解することで、知識が深まり、応用が効くようになる。 このプロセスを繰り返すことで、知っているからできるに変わっていくのである。
引用元:目の前の仕事と向き合うことで成長できる - 仕事とスキルを広げる / Every little bit counts

仮説を立てて試す
内省のサイクルを回すうえで圧倒的な成長を生み出すコツがある。 それは仮説を立てて試す、ということである。
これは無意識にやっていることが多いと思うが、自覚的に行うことで成長スピードが格段に上がる。 料理で言えば、なんとなく調味料を入れて美味しくなった、ではなく「塩を増やすと旨味が増すはずだ」「味噌を減らすと塩辛くならないはずだ」「みりんを入れるとコクが出るはずだ」という仮説を立てて試すことで、なぜ美味しくなったのか理解できるようになる。
またこの仮説を立てるためには調味料がどのような効果を持っているのか、食材がどのような味を持っているのか、調理法がどのような影響を与えるのか、という知識が必要になる。 それを仮説検証して知識としていくことで、より良い仮説が立てられるようになるのだ。
情報をこのように経験と結びつくことで知識として昇華されていくのである。
仮説と結果の差分を分析する
仮説と結果があれば、仮説が100%正しいことは稀であり、必ず差分が生まれる。 その差分を分析することが内省的観測であり、抽象的概念を見つける上でのコツだ。
料理で言えば、「塩を増やすと旨味が増すはずだ」という仮説を立てて試した結果、塩辛くなってしまって失敗したとする。 このときに、なぜ失敗したのか分析することで、塩の性質や適切な量についての知識が深まる。
「塩を入れすぎると旨味の前に塩辛くなってしまう」という結果と学びから、次回の仮説は「塩の量を減らせば旨味を引き出すはずだ」となる。 また入れた塩を減らすことはできないが、塩の量が足りない場合はあとから塩を追加できることも気付けるかもしれない。 これは新たな発見で、そうなると「少しづつ塩を足しながら味見すれば旨味が引き出せているか確認できるはずだ」という仮説が立てられるようになる。
これはまさに小さく試して学ぶ、ということであり、アジャイルの本質的な考え方にもつながる。
おわりに
以上がAI時代における学ぶ意味と、学ぶうえで大切なポイントである。 結論としてはAIが普及したとしても、人が学ぶことは引き続き重要であるし、学ぶためのポイントも変わらない。 知の高速道路としてのAIを活用することで、学びの速度を上げ、より良い発見を自ら生み出していくことが重要なのである。
実際にAIを適切なパートナーとして活用することができれば、学びの効率は格段に上がる。 仮説の妥当性を評価してもらったり、差分の分析をサポートしてもらったり、必要な知識の提供をしてもらったりする速度は圧倒的に上がるからである。 私も自分の仮説に反論させることで、仮説を強化させたり、新たな視点から内省的観測の質を高めたりしている。
このようにAIを活用しつつ、人が学ぶことの重要性を理解し、学び続ける姿勢を持つことが、これからの時代も変わらず重要である。
2026/01/19 追記
学習のサイクルを回すために必要なアクションの作り方のコツを別途書いた。
*1:まさにこれが上級者と初心者の違いの構図である