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想像の感触

 通勤電車の中。
 座ってスマホで本を読んでいると耳がかゆくなった。耳の周りで何か動いている。
 虫だ。絶対虫だ。感触としては蚊だ。体が重い虫ではない。
 架空性の虫を潰さないよう、肌をなぞるような軌跡で手を払う。虫を払いのけるイメージ。
 かゆくなくなった。危機は去った。私は安心した。
 束の間の平穏であった。
 首がかゆくなった。かゆみは動いている。くすぐったい。虫だ。またやって来たのだ。
 しかし今度はシャツの襟の内側の辺りにいる。払いのけるのが難しい。どうやってそんなところまで進軍してきたというか。
 首に手を突っ込むような格好で架空性の虫を払った。かゆくなくなった。だが、もしかしたらシャツの中に入ったかもしれない。私は不安だった。
 だんだん腹がかゆくなってきた気がした。動いている。やはりシャツの中に虫が落ちていたのだ。どうやって追い出せばいいのだろう。
 と考えていると、抱えていた鞄の上を小さな蟻がとことこ歩いてきた。ついに犯人が姿を現したのだ。私は指先で小さな蟻を弾き飛ばした。すべては解決した。
 だが謎はまだ残っている。私のシャツの中にいた虫の気配は一体なんだったのか。
 それこそが架空性の虫だった。私の不安が生み出した、実在しない虫。動き回る感触だけを持つ、形のない存在。
 人間の想像力はすさまじいものだ。無いものを感じることさえ出来るのだから。
 シャツの中の架空性の虫は、すぐに消えてなくなった。
 
 気づいたら親指の爪に髪の毛が刺さっていた。
 4mmほどの長さだ。
 とても珍しい自然現象を見たような気持ちになった。
 髪の毛を爪に刺すなんて、やろうと思っても出来ない。
 でも不思議な力が働いて、実際に髪の毛が爪に刺さる。
 とんでもなく低確率かもしれないけれど、髪の毛は固い爪を貫通することが出来る。
 それは実際に起きた。
 ありえないことなんて、この世には無いんだなと思った。
 気持ち悪いのでピンセットですぐ取った。
 
 会社の穴あけパンチが、動かすたびに「ギギィィ」と不吉な音を立てる。
 この軋み音は恐竜の鳴き声と同じ周波数なんだよ、と前の職場の先輩が話していたことを思い出す。だから不快な感じがするんだよ。
 物置を探したらシリコンスプレーが出てきたので、隠れて穴あけパンチに油を差した。
 何度か動かして馴染ませると音は無くなった。可動部の抵抗も無くなりスムーズに動くようになった。非常に満足した。私は小人さん的ないいことがとても好きだ。
 特に意味も無く、業務の合間に穴あけパンチをすこすこ動かしている。
 
『アンナチュラル』『MIU404』という日本のドラマを全部見た。
 映画『ラストマイル』をこの間観てきたので、シェアード・ユニバースをさかのぼることにしたのだ。
 どの作品もとても面白かった。日本のドラマってこんなに面白かったのかと思うほど。
 会社の同僚のHさんはテレビが好きで、ドラマもよく観ると聞いていたので『アンナチュラル』について聞いてみると、見たことがないと言う。
「家帰ったら観ます」と言ってくれた。見てほしいと思ったわけではないんだけれど、それでも興味を持ってくれたならうれしい。
 Hさんは『SPEC』というドラマが面白いと教えてくれた。
 帰宅して『SPEC』の1話を見た。面白かった。すごく独特な雰囲気のドラマだ。時間をかけて観て行こうと思う。
 私はドラマというものについてほとんど何も知らない。
 
 この間、夏にとどめを刺すために冷やし中華を食べに行く、という文章を書いた。
 書いてからも毎日、冷やし中華を食べている。
 まだあるんだから仕方ないよなあ。
 私の体の大部分は冷やし中華で出来ている。
 なんとなく直感に反することだけど、人間は冷やし中華ばかり食べていても生きていけるのだ。
 鳥が豆ばかり食べているのも、考えると不思議だ。
 お前はそんなにすかすかな豆ばかり食べて、よく平気で生きてるなあと思っている。
 
 




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