










※撮影:2024年10月。八ヶ岳実践農業大学、通勤途中、諏訪湖、庭、近所。
カメラ:X100F。フィルムシミュレーション:クラシッククローム。
絞り優先モード、WB:晴天/R:-3/B:-2、ハイライト:+1、シャドウ:+1、カラー:+2、
DR:オート、NR:-4、シャープネス:+1、グレインエフェクト:弱。
10月、毎年恒例となった自宅のハロウィン飾りのかぼちゃを買いに家族で八ヶ岳の
麓まで行ってきました。
他には秋の光とコスモスを撮るのに夢中になっていた頃です。
さて、今回は仕事について。
仕事のやりがい、というようなことはついて回るテーマというか、普遍的なもので、
昨今うちの会社からも何人か辞めてしまいましたし、若い人はなかなか入って来ず。
人によっては(自分なんかは)やりがいとか言ってる場合じゃない、住宅ローンに
車のローン、子供の養育費に生活費!!稼がねば!!ということが第一なんですが、
とはいえ、やっぱり日々やりがいが感じられなければきついだろうなぁ、と。
で、やりがいがどこにあるかと言えば、なんだかんだ、自分にもらえるありがとう。
先日も相手からありがとう、という言葉をもらえてとてもうれしく感じました。
いつも書いているのですが、多くの仕事、やること、その他、成し遂げて感謝される
よりも、失敗したら怒られる、問題が起きる、うまくいってても誰も気にしてくれない
気づいてくれない、ということの方が多いような気がします。
自分の仕事(システムのサポート)もまさにそれにあたる訳ですが、ありがとうが
普段いただけない中でどうやってモチベーションを維持するか。なかなか難しいこと
だと感じています。慣れてくると手を抜いても回ってしまう中で(でもそれが原因で
あるとき失敗につながることもある)、そうなってしまうといよいよ自分の仕事って
なんだろう、って感じてしまうんですよね。
そんなときは、たとえ誰も見ていなくても、気づいていなくても、自分だけは自分の
頑張りを見ている、知っている、という気持ちが大事だな、と思います。
だからこそ、逆に自分が恥に思うようなことはしない、必要な手の抜き方(そうする事
でより業務効率を上げる、手を抜くために環境を整える、その分で他に力を注ぐ)と
いう事ではない単なる手抜きは自分自身に誇れず、結果誰一人からも認められない
仕事になってしまいます。
自分に恥じない仕事をする。
相手がいるときは、相手がいい人なら自然にそうなりますが、相手がわがままだったり
自分勝手でも、それはそれとして、でも総合的に考えて相手に対してより親切に、
かといって自己犠牲ではなく自分らしさを発揮して、自分自身もほめてくれるような
やり方を考えて、工夫して、一生懸命仕事をしていく。
相手がありがとうと言ってくれたら最高。
でも、誰もありがとうと言ってくれなくても、誰も気づいてくれなくても、自分の
最高の仕事をできるように努力する。
もしそう努力できたら、結果じゃなくてその努力自体が自分が誇れたら、
自分自身にもありがとうを伝える。
そして同じく、まったく目立たないけど日々を支えてくれている人にありがとうを
伝えていきたい、そんな頑張りに気づいていきたい。
それを強く思った日々です。