




















※撮影:2024年9月。近所、諏訪湖、会社。
カメラ:X100F。フィルムシミュレーション:クラシッククローム。
絞り優先モード、WB:晴天/R:-3/B:-2、ハイライト:+1、シャドウ:+1、カラー:+2、
DR:オート、NR:-4、シャープネス:+1、グレインエフェクト:弱。
ここ数日、職場では急に辞めると言い出した社員のサポートと引継ぎで大わらわと
なっています。
といっても僕は直接そこに関わっていないので周りがえらいことになっている、
という状況ですが。
うちの会社は市町村の役所で扱うシステムをサポートする会社です。
少子高齢化で若い人のなり手がいなかったり、公務員以外の企業の賃金が上がって
よそに移って行ったり、ということで公務員が減ってきていてその分の業務負担が
大きくなってきたり、そもそもがシステムを相手するだけじゃなくて、むしろ人を
相手にする事でメインで、日々いろんなことが起きるし、いろんな人がいるしで、
結構ストレスがたまる仕事だったりします。
また、ここ数年は一気に行政もデジタル化、ということで変化が激しいこともあり、
そんなこんなで長年やってた人が急に耐えられなくなって辞めるということが続いて
います。
(自分はそういうストレス耐性は高くて結構平気なのと、プライベートで人と仲良く
なるのはハードルを感じるくせに仕事で仲良くなるのはむしろ逆に得意で、割と
ひょうひょうと働いています)
で、そういう周りの騒ぎを見ていて感じたんですが、辞める人の分の仕事を他の人に
割り振る、割り振ったことでさらに玉突き的に他の人に割り振る、ということが
起こっているんですが、見ていると、静かに仕事をしている人、文句を言わない人、
安定している人、いい人、そういった人たちに仕事が行っているんですよね。
ま、それはそうなるだろうというか、そうなってしまうところもわからなくもないん
ですが、でもなんというか、大きい声は波紋を呼ぶし周りも動くし対応されるけど、
そういう声を出さない人たちのケアはちゃんとしているのかな、反応しているのかな、
そのことがすごく気になりました。
仕事のことは一例ですが、他でもそういうことを感じることがあります。
声を上げることは大切かもしれないですが、声を上げることなく、あるいは声を
上げることが苦手で、でも自分に与えられたことはきちんとこなしていたり、
あるいは結果、それによって損をしたりしている人がいるなぁと思ったりします。
仕事に限らず、人間関係だったり、地域のことだったり、もっと小さいことでも、
もっとささやかなことでも、日常でも、いろんな場面で。
きっとそういう人たちだって、微かかもしれないけど声を上げているんじゃないかな、
と思うんです。
だけど声が小さいから周りに聞こえない。
周りが気づかない。
あるいは周りが勝手に、この人は大丈夫な人とそういう風に決めつけてしまっている。
(あの人はいい人、っていうときの怖さ。
そこに「有難い」という気持ちが伴わないときの形を取らない暴力)
声の大きい人は注目されるし、言葉の強い人は結果まかり通ってしまう。
声の小さい人は見落とされてしまうし、言葉の優しい人はないがしろにされてしまう。
やっぱりそういうことはあると感じます。自分だって意識せずそうしてしまっていると
思います。
だから自分は、自戒を込めて、
自分の周りの小さい声、耳を澄まさないと聞こえないような声を聞き逃さないように
したい。
そういう人がやってくれていることを当たり前と思わないようにしたい。
優しい人の心の動きを見落とさないようにしたい。
そんな人をこそ尊重したい。
感謝を忘れない。
有難いという気持ちを忘れない。
そのことをしっかりと心に刻みたいと思います。