以下の内容はhttps://sophie-mercure.blog.jp/archives/2021-01.htmlより取得しました。


マウスのチャタリングがひどくなってきたので、マイクロスイッチ交換による修理をしました。今回は、LogicoolのM280(USB)とM557(Bluetooth)です。

マイクロスイッチ

 マウス用のマイクロスイッチを探すと、ほぼオムロンしか入手できません。
 中国製の高耐久仕様のものもありますが、選別品らしく、安定供給できないため、型番指定でも通常品が届くようです。

 Logicoolのマウスでkailh(カイル)のものが使われていますが、これはタクトスイッチが使われています。
 タクトスイッチは金属のドームと接点の接触で導通させるもので、ベコっという感触で静かです。本来、マウスはマイクロスイッチが使われていましたが、低コスト化と静音のためにタクトスイッチが使われます。

 ゲーミングマウスはクリック数が多いので、更に耐久性のあるスイッチが使われています。
マイクロタクタイルスイッチ
 左がオムロン様のマイクロスイッチ、右がパナソニック様のタクトスイッチの断面図です。 更に、基板に直づけのメンブレンスイッチというものがあり、加えてLED発光機能も付加されることがあります。

 今回、チャタリングという常時offになる老朽化が起きているため、交換します。

 取り出した結果からは、
 M280は Kailhのタクトスイッチ(無名)
 M557は Omronの D2FC-F-7N(中国製)
が使われていました。

 左から、Kailh(M280)、OMRON中国(M557)、OMRON(交換品)国内と並べると、外形はほぼ同じなので、そのまま交換できます。
 クリック感ではkailhの方が静かなので、Alibabaから入手する人もいます。amazonでは品切れでした。いずれも、ほぼ1本100円です。
02Micro01Micro01


マウスの分解

 マウスはねじとプラスチック爪で合体しているため、簡単に分解でき、中に基盤が入っています。この際、ホコリは全て除去し、手垢は重曹水で除去します。重曹はアルカリなので、脂分を落とすには最適です。

M28001M280


Bluetoothマウスが故障したままだったので、こちらも分解して清掃します。こちらは、視覚的にわかりやすいところのネジを取ると、簡単に外れます。
00M55801M558


マイクロスイッチの交換

 マイクロスイッチはハンダ付けされているので、ハンダ除去が必要です。

 三端子あるので、一つずつ除去できないため、以下のように三本同時に温め、ペンチで抜きます。この際、熱が三本に分散するため、温度調節機能で最大温度にして、一気に抜き取ります。ここはかなりコツがあるので、手先が器用でなければ、ペンチでマイクロスイッチを破壊して、一本づつ抜くと簡単です。今回は除去後のマイクロスイッチを残すため、無傷で取りましたが、いずれ捨てるので、壊しても問題ありません。

 除去後、穴にハンダが埋まっていて、マイクロスイッチを挿入できなくなるため、ハンダゴテでランドを温めて、そこに銅線を貫通させて穴を広げます。 

半田00銅線02557



ここまでくると、後はマイクロスイッチを入れるだけですが、適当にハンダ付けするとピッタリスイッチが付かないので、一つ仮止めしてピッタリ基板に密着させて固め、冷めたら他2本をハンダ付けします。
0355704M558


分解と同じようにはめていき、Bluetooth認識させて完了です。これでほぼ新品並の使い心地に。ヤフオクでチャタリング不良品が安く出品されているので、新しいマウスを買うより安上がりで入手できます。マイクロスイッチは金属っぽさがあるので、タクトスイッチから交換したマウスは違和感は残ります。ここは好みですね。
SETUP





ヨハネ黙示録を、旧約の用語を参照し、原文に沿って解釈しました。
証しは、信仰経験を教会の場で共有することで、旧約の表現を引用し聖書の真実をヨハネは説きます。物騒な戦争の予言ではなく、教会で普通に説明される、信徒の経験として通用する書簡です。

今回は旧約視点のアーイシャがナビゲート。ヨハネ黙示録は、アーイシャの生き方が沿ってるでな。

3分で解説
ヨハネ黙示録で使われる用語と象徴は、旧約聖書と同じ使い方です(ヨハネ書2:7)。ヨハネは自分の中の敵意を闇とし(同2:9)、敵意と戦ってきた自分の経験を、信徒に証ししています。

これに対し、ヨハネは主を伴って向き合い、神の怒りにより悪意が砕かれます。主の通った道は、信徒ならば必ず通るので、臆せず必ず進めと激励します。人生は順風満帆ではなく、苦悩と失意を伴います。

全体を通じて、主の敵は大バビロンと諡(おくりな)されます。
ヒゼキヤ王が見せびらかした財宝は、バビロンに収奪されると、預言者イザヤを通じて警告し、捕囚後に滅びるとされた、壮麗を極めた国です。信徒も同様、世界の富と権力の歪みに遭遇し、酔いしれた者は神に一掃され、苦しめられる信徒は忍耐と信仰をもって生きるよう伝えています。

財産や権力があれば、神は不要であると考える者達が、信徒たちを苦しめる者として立ちはだかるため、信仰を保って進み続けたヨハネが、与えられた経験を証しする書簡です。結局、ヨハネを助けたのは、主への信仰と主の応答でした。

ヨハネ黙示録が書かれた背景(執筆環境・第1章)

ヨハネ黙示録は戦争に見えるけど、ヨハネの人生は、このように苦闘続きなのだ。

ヨハネ黙示録は、殺伐とした内容から、現代人は未来の予言と考え、戦争を当てはめた独自解釈を生みます。しかし、
  1. この預言を朗読して守る人は幸い
  2. 主と共に苦難、支配、忍耐に置かれ、パトモス島へ送られた
  3. 自分が見たすべてを証しする
と冒頭にあるので、これは信徒が守るべき規範、教会の証しを目的として書かれているのであって、主とともに歩み天に至ったという記録として書かれたものです。

黙示録は Revelation、Ἀποκάλυψις(アポカリプス)というように、ベールを取った神の啓示預言書(1:3)として、今の信徒にも通じる、普遍的メッセージです。黙示録が書かれたのは、紀元90年頃のドミティアヌス帝(51-96)によるキリスト教迫害期の、ヨハネが小アジアのパトモス島に幽閉された頃(ヨハネ伝21:18)でした。

ヨハネの手紙では、兄弟を憎む者は人殺し(Ⅰヨハネ3:15)、離反者が反キリスト(同2:18-26/あるいは主がイエスとして来られたことを認めない者)、自分の罪は悪魔(同1:8、3:8)というように、ヨハネは自分の罪を最大の敵と考えています。したがって、黙示録の悪い生き物は、自分の罪の形であって、他人を非難して溜飲を下げているわけではありません。また、信仰深い者、柔和な者、謙虚な者が苦しむ姿はありません。

ヨハネ幽閉の政治的背景(ネロ帝による迫害への疑問)

歴史家タキトゥス(55-120)の年代記では(117)、ネロ帝(37-68)がキリストの敵として、キリスト教徒にローマ大火の責任をなすりつけたと記述しています。

ユダヤ人歴史家ヨセフス(37-100頃)の記述では、ネロ帝はキリスト教と良好な関係なので、ドミティアヌス帝(51-96)を嫌悪したタキトゥスが、ついネロ帝に悪口を混ぜてしまった可能性があります。

ユダヤ戦争(66-73)は、ユダヤ人祭司達は金銭を誇り、ギリシャ人住民の反感を招いたことで、神が離れたとヨセフスは記しています。その後、ヴェスパシアヌス帝(9-79)のユダヤ戦争によって、ユダヤ系住民は故郷を失ってしまいます。

皇帝ネロ説は、英語版Wikiによくまとめられ、1830年代以降の言説といいます。

patomos

特徴的な象徴

ヨハネ黙示録は、旧約を知恵とし、旧約の知恵と理解を持つ者に伝えるものだよ。

  •  
イゼベル(2:20)、太陽をまとった女(12:1)、みだらな女(17:2)、七つの丘に座す女(17:3)、小羊の花嫁(19:7)と、多くの女性が登場しますが、男性は、王になって罪をもみ消せたり(Ⅱサム12:9)、ヨシュアのように敵を掃討しているなど、女性に求められた倫理の方が適しています。また、女性は子供を出産するので、肉体が生み出す結果を、子供として表現しています。 

山羊 羊
 羊と山羊が聖書には象徴として登場します。角が上に向く山羊は神への反逆(罪)、羊は角が下に向いているので従順を意味します。
  •  名、命の書
一人一人は名前によって識別され、神から見た個人の役割が名(ゼカ6:12)、その集合が命の書です。
  •  燭台、光
直感的に示すように、神の力の発現する点です(イザヤ62:1)。契約の箱には、七個の燭台があり、光により道が導かれます(出25:37)
国章
  •   七つの目
神の力が完全に及んでいる状態です(ゼカリヤ3:9)。プロビデンスの目と用法は同じです。
  •  衣
人は行動に合わせて衣を変えます(創35:2)。
衣は行動そのもので、清い衣は清い行動を、祝宴の場には適切な服があります。小羊の婚礼の時に、適切な行動を取らずに、好き勝手に生きていると、婚礼の場から追い出されてしまいます(マタイ22:11)
  •  星
星は役割、運命(マタイ2:2)、統治者(創1:16、民24:17)を示すときに使います。星には名があるので、天での役割を持っています(詩147:4)
  •  水と天
創世記の最初、神の霊が水の面を動いていたとあるように(創1:2)、水は霊を暗示しています。水を上下に分けて、大空を天とし(創1:7)、神が天から御使いを送るようになるところから、神は天にいると推測されるようになります。上空や水は霊を表し、更に高い場所ほど神に近付きます。
天地
 
ギリシャ語で書かれた黙示録(第2章)

原語のギリシャ語から、地名と意味をかけて、信仰の箴言と励ましたと思われる。その部分だけ教会に送ったわけではないのじゃ。

パトモス島でヨハネが出会った御使いの描写は、炎が出たり、大水がとどろいたり、かなり物々しいですが、いずれも威圧感の比喩です。

教会の天使のエフェソ、スミルナ、ペルガモン、ティアティラ、サルディス、フィラデルフィア、ラオディキアは、ギリシャ語コイネーにおいて、願い、苦難、塔、犠牲、喜びの王子、兄弟愛、民の裁きという意味があります。

このメッセージを、ギリシャ語の意味のとおり、イエスの使い(22:16)がヨハネに告げ、信徒達に対して、備えるべきことを記しました。
Verse By Verse Ministry International
※ オンライン上の教会サイトにおける七教会の意味を解釈する例。比較的英語圏で見られる考え方。

真鍮

教会の天使にあてた手紙を解釈する(第2章~第3章)

ヨハネが自分について述べていると感じるときは、道がそこにある。イエスの求める倫理は不可能なくらい厳しい。ゆえに聖霊を下さいと祈り進むのじゃ。

七つの燭台
主の御使いは、教会の天使に書簡を書くようヨハネに伝えますが、現代的には、以下のようになります。
  • エフェソの教会の天使(願い)右手に七つの星を持つ方から
 願いのために労苦と忍耐をいとわず、都合良い解釈をする者を見分けて、忍耐を選び続けたことは知っている。しかし今は、初心の愛を忘れて慢心している。自分を振り返り、悔い改めねば、願いへの神の力は及ばなくなる。願いの成就(ニコライ:民の勝利)を最重要視しなかったことは良い点だ。願いは神の御心を行うなかで現実になるものだ(命の木は、エデンの園で神が与えた木)。

  • スミルナの教会の天使(苦難)一度死んだがまた生きた方から
 スミルナ(Smyrna:Σμύρνη)は死を意味する没薬です。文理上、ここでは苦難・貧困のようです。
 苦難には豊かさが隠されており、苦難を神から見放されたと非難する者もいるが、そう非難する者は神の約束を伝える者ではなく(救いはユダヤ人から来る/ヨハネ4:22)、罪に由来する短慮である。悪魔の試みによって、迫害や試練に遭う者もいるが、死に至るまで神に忠実であった者には復活の栄光が与えられる。苦難でも信仰を保てば、火と硫黄の裁きを受けることはない。

  • ペルガモンの教会の天使(塔・戦い、結婚)鋭い両刃の剣を持つ方から
 戦いの優越感(塔)は人の罪が支配している。有力な殉教者(アンティパスはアレクサンダー大王の筆頭の将)が処刑されたときも、臆せず信仰を保てたようだ。バラムの教えのように(民数記のバラムは、ペテロⅡ2:15では、異教の利益を求めた預言者とされる)、戦いに勝利することを優先する者がいるが、私がねじ伏せることになろう。戦いを堪え忍んだとき、清らかな信仰を手にし、生活に必要なものも与えられよう。信仰には本人のみが理解する、神からの役割が与えられている。

  • ティアティラの教会の天使(犠牲)目は燃える炎、足は真鍮のように輝く方から
愛、信仰、奉仕、忍耐を行い、成長させているが、不信仰の行いにも迎合すべきでない(バアル神に仕えたイゼベルを暗示。バアル神は人身供養が有名)。しかし不信仰者の計画はとん挫し、その生み出す行動は、長続きせず実ることがない。主の日まで信仰を保つ者よ、あなたは大きな負担は必要ない。大きな裁きのとき指導者として役割を果たし、規範となり、聖霊(明けの明星)が道を示そうう。

  • サルディスの教会の天使(喜びの王子)神の七つの霊と七つの星とを持つ方から
本来の喜びではなく、永遠の喜びを放棄してしまっている。同じように、本来の喜びを放棄しようとしている者達を励まして、主の教会を永遠の喜びで満たせ。
主の言葉の受け止めたことを思いだし、守り抜き、悔い改めよ。注意していなければ、主の裁きの日に気づかないだろう。
しかし、正しい喜びを抱く者が主とともに正しい行動を行うようになる。そして、神の目にとまり、神と天使にも行いが伝えられる。

  • フィラデルフィアの教会の天使(兄弟愛)ダビデの鍵を持つ方から
 教会名のフィラデルフィアは、ヨハネが一番重視した徳目です。
 あなたには失われることがない力がある。神の愛が及んでいることが、広く知られることになり、内心では神に仕えていない者を従わせることができるだろう。試練あるときは信徒を守り、試練に打ち勝つ者には聖霊が宿り、神から離れることはない。そして、新たな役割が与えられるであろう。

  • ラオディキアの教会の天使(民の裁き)神に創造された万物の源である方から
 今まで安定を求めて活動が乏しかったようだが、そのため、神から与える恵みも試練も持っていない。火の試練により純粋な価値ある経験を買い、清い行いにより自分を表現し、よく主を見通せるように学び求めよ。愛する者に叱ったり鍛えたりするから、熱心に求めよ。聖霊の声を受け入れて、神の与えるものを、主が共に経験する。試練に打ち勝った者は、主の御座に、共に座すだろう。

ラオディキア教会には、価値ある物として、金、白い服、目に塗る薬を示しています。火に耐えるものは、火を通すと清くなる(民1:23)ことから、試練に耐える経験、白い服は清い行動、目が見えるための目薬は、信仰と主の道(マルコ10:52、ルカ18:43、ヨハネ9:39)を示します。
 
7封印


天上の礼拝と巻物の封印(第4章から第8章)

さて、ここから天へ向かって歩く。
同伴の小羊、ヨハネにはイエス、アーイシャにはムハンマド様・・・いや、みんな一緒がいい。

天上の門は、ヨハネには開かれています。
エゼキエル書のような主の玉座があり、24人の長老と四つの生命がいます。玉座の周囲の24の座は最高法院の構成員でユダヤ教の意思決定機関です。

おそらく天への門は見つけにくく、大きく見える門は物質依存度が高く、どのか別の物質に至るだけなので、探し求め、金の力に頼らず、探し歩き、ヨハネが求め続けた門です。

四つの生命は黒い騎士の箇所と、獣の名の数との戦いに出てくるので、最高法院の衛兵のような位置づけのようです。エゼキエル書の4つの生き物とは、雄牛の顔の生き物だけ、ケルビムの顔と違っています(エゼキエル10:14)。

長老はヨハネへ説明者、四つの生命は世界に影響を与える力。屠られた小羊の七つの目は七つの教会の天使であり、キリストがヨハネに伴っているので、巻物を開くことができ、いずれも主が共に経験しています。

24長老

苦難にあって、罪が自分に苦痛を招くと、ヨハネはイエスを見て実感していた。聖霊の助けなく進めない運命に遭遇したら、信徒は感謝すべきなのだ。

【小羊の巻物】
小羊の巻物は、七つの教会の天使に送られた書簡と一致し、実現すべき事項を示しています。巻物の実現はエレミヤ25:13の用例です。
実った経験を「食べる」という表現で示しています。これらの預言を経験するにあたっては、主との共に行わないと解決できません(5:4-5)

ここでは教会の天使に送った手紙と対となる表現があり、また、スミルナとペルガモンの順番が逆になっています。剣、衣などの共通する道具があり、教会の天使の手紙の結果が表面化し、第五の白い衣、第六の刻印が判別、第七の裁きという流れができています。ここでは白い衣、種族の刻印が神視点の善を示しています。

● 第一の封印 白い馬 願い 願いを叶えたいと考えていた
● 第二の封印 赤い馬 戦い 戦いが用意されていた
● 第三の封印 黒い馬 苦難 量が計られて決まっている
● 第四の封印 青白い馬 犠牲 戦いと飢えが定められている
● 第五の封印 聖徒の魂 失意 多くの理不尽な結果があった
● 第六の封印 大地震 兄弟愛 神から与えられた軍団が用意された
● 第七の封印 香炉の天使の始まり 民の裁き ヨハネへの主の裁きを経験する。半時間ほどの静寂。

4騎士
ここに登場する馬は、不品行に対して、神が直面させる戦い(エゼキエル23:23、同26:7)のことで、原因となる神への反逆の報いを受けることになります。

七人の香炉の天使(第8章から第11章)

人が神の前に立つとき、不信仰や罪が裁かれて、苦難で信仰のみ装う。生活の礼拝の有無によらず、常に人は神の前にいることを忘れずにな。

香炉は「目に見えない主の御前」に立つときに使うもので(民16:17)、主がそこにいることを示しています。七番目のラオディキアの天使は、主が一緒に経験し、それが鍛錬であると教会の天使に伝えられました。

● 第一の天使 地上の1/3が炎上、木々と青草も焼ける-肉体上の苦難が起きる
● 第二の天使 海の1/3が血に変わる-感情をかき乱される
● 第三の天使 大きな星が水源に落ちる-辛い運命を経験する
● 第四の天使 太陽、月、星の1/3が消失-先行きの見えない不安、失意
● 第五の天使 底なしの淵から煙りが上りイナゴが出る(創15:17)-不信仰の自責の念、契約の成就 第一の災い

● 第六の天使 第二の災い
口に甘く腹に苦い巻物は、説明する分にはいい話でも、実際に経験すると結構きついです。蜂蜜が入っているわけではありません。試練の期間は、42月間の他者から攻撃されます。

二人の証人による証は、自分と主による過去の行動の歴史(ヨシュア24:22)。オリーブの木は主の力です(ゼカ4:3、4:14)

ヨハネの罪に対して十字架を象徴する出来事が起き、三日半後に復活します。ここで小羊が支えになります。

●苦よもぎ黙8:11JR8:11(第三の天使)
wormwoodは蛇が通った後に生えた木のことで、かなり苦いハーブのキク科ヨモギ属の植物の総称です。創世記の蛇の通り道に生えた木という伝承もあり、人の罪に由来する辛い経験を暗示します。

ラッパの天使

第五の天使のラッパが吹かれると、煙により周囲が暗くなりますが、バビロン捕囚時の預言と同じ事象が起き(創15:17)、苦痛に支配されます。いなごには毒があり、知恵と後悔の情を備え、強い力で引いて行かれます。これが第一の災厄。

第六の天使のラッパは二つ目の試練の火の精錬で、耐えて不純物を燃やすことで、清めて洗練されます。しかし、それでも罪が浄化されるに至らず、今後起きる預言(巻物)は残っています。そこで起きることは神の計画であり、ヨハネの理解を越えています。

第七の香炉の天使による裁き 女と竜及び獣の名の数字(第11章から第13章)

獣の名の数字の刻印は、人の交易を止める権力がある。人間は獣と同じく、6日目に神に似せて造られた。獣とは、神に似ていない人間の性質の総称。

  • 第七の天使 女と竜のしるしと獣のしるし
 女と赤古竜(創3:15)が、天に対として現れます。

女のしるし

女は男の子を産み、男の子は天に引き上げられ(創17:16:アブラハムの子ら)、竜は地に落とされて獣に力を与えます。女と竜は神の御座にあり、二頭体制で支配・対立します。
そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようになった。この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。こに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である(13:17-18)。

金がなければ、権力がなければ、何もできないのか?預言者達は、どちらも持たずとも聖霊が可能にした。ユダヤ人達は、金と権力に頼り、300年後、バビロンに捕囚される未来に進む。

名とは神から見た役割であり(ゼカリヤ6:12)、獣の名の数字はヨハネの不信仰、権力による恐怖に従う力であり、固有名詞ではありません。人は六日目に造られた獣のため(創1:31)、支配の権能により(同1:28)生活を奪う者が現れます。少なくとも、ユダヤ人達はサウル期(BC1100頃)に王権がないと諸外国に対抗できないと考え、ソロモン期(BC1000-900頃)にピークを迎えます。

獣の名の数字である666の刻印は、唯一、旧約聖書ではソロモン王の年収666キカルで使われ、歳入が666キカルに達したとき、異国の妻をめとり、異教を入れて主から離れています。またマナセ王期(BC687-642)に主を激おこにし(列23:26)、バビロン捕囚を招きます。

角のある獣はダニエル書(ダニ7:7)とゼカリヤ書(ゼカ2:1-4)のとおり、エルサレムに敵対する者を象徴します。バビロニアは、メディア、リディア、エジプト、新バビロニアの四つの顔の王国です。

獣の名の数字に勝利、小羊の花嫁の婚礼(第14章から第19章)

ようやく獣の名の数字は倒れる。144000人はヨハネが経験したことのない、霊の賜の新しい勝利の経験。ヨハネは富に恐怖し、あるいは酔いしれ、そして小羊に比べたら、富は無価値だと感じるようになる。

イスラエルに契約の地を与える主の約束として、歌が与えられました(申31:21)。また、七人の天使たちが獣の名の数字に勝利して、モーセと小羊の歌(出15:1)で賛美します。

焼かれる淫婦

ハルマゲドン(16:16)はメギドの山という意味で、ヨシュアが主の命によって占領した死海付近の土地です(ヨシュア12:21)。また、エジプト王ネコ経由で、ユダ王国ヨシヤ王へ滅亡宣告が下され、ギリシャ異教化したユダヤ人は、再びユダヤ戦争で国を追われます。

標高の高さは霊的性格を示し、蛙は水と地の両生類で霊と肉体に棲む者で、天のエリアで、天使と汚れた霊の戦いがあります。

エルサレム周辺には丘があり、イスラエルの家の者が、丘の上では異教のいけにえをささげ(エゼ20:28)、エルサレムを見下ろしていました。そこでは神殿娼婦がいて、悟りのない民が滅びる場所(ホセア4:13)。そして預言者が殺された場所です(エレ26:18)。

エルサレム
女は紫と赤の衣を着て、金と宝石と真珠で身を飾り、忌まわしいものや、自分のみだらな行いの汚れで満ちた金の杯を手に持っていた。その額には、秘められた意味の名が記されていたが、それは、「大バビロン、みだらな女たちや、地上の忌まわしい者たちの母」という名である。(17:4-5)。
大淫婦とは不信仰状態のイスラエル人のことで(エゼ16:30)、一時期栄え、栄光に満ちたために、天を突く角の傲慢を持ち、地位高い者、富に囚われ、身分制を作り出します。
大淫婦
敵の大バビロン(14:8)はエルサレムを支配し、イスラエル人を奴隷として自国に連れ去ります。一つには、ヨハネは富に囚われていた悔恨を持ち、一つには、ヨハネはローマ迫害による捕囚(BC597)期があります。そして、信徒は必ずこのように感じる時があるので、富や権力に酔いしれてはいけないのです。

如何に主の道から離れてしまったのかと、ヨハネは悔い改めます。自分のことだから、ヨハネは気兼ねせず糾弾し、ヨハネの中ではバビロンは消え失せます。

ヨハネの神の御国において主の婚礼が開かれ、花嫁は輝く清い麻の衣を着ます。衣は人の行動のことで、聖なる正しい行いをするときが来ます。人が聖霊の伴侶として、赦されて神の前にたちます。その行動にはすべて信仰から外れることがなく、神の与える力であることを理解しています。

千年王国と新エルサレム(第20章~22章)

竜を縛った天使が現れ、裁きが行われます。

命の書は、神の裁きの記録であり(マタイ7:19)、神の御旨を行うことを求めています(マタイ7:21)。第二の死というのは、一度死んで、復活の後にある死ですが、いわゆる日本語的な地獄のことです。

神殿は神の霊が宿る人間の肉体のことで、ヨハネが見た都は地上の世界とは異なり、太陽がありません。汚れ、忌むべきこと、偽りがなく、非常に恵みに満ちた世界です。  
 新しい天と地

 
再臨(第22章)

いずれ、唯一の神の下でエルサレムで会おうな。
アーイシャはムハンマド様を伴って待ってるぞ。

ヨハネ黙示録の重要な箇所、再臨。
ヨハネ黙示録を作成した紀元1世紀時点で、再臨が近いとされ(22:10)、ヨハネの生きているうちに、急いで記録された時間感覚のため、本当はすでに起きていて、戸口に立って叩いているが(3:20)、本人が気づいていないのかもしれません。

試練のときには、主が共にいるのだと感じながら、ヨハネ黙示録で求められる神の御旨を行うよう心がければ、盗人のように、入られた後で気づくということもないでしょう。

この書物の言葉を明らかにし、預言の言葉を守るよう、ヨハネは求めていますが、屠られたような小羊によって開く封印によって始まる試練によって、火で洗練された金、白い衣、目に塗る薬を求めていく覚悟が必要です。

勝手に「あんた、地獄へ落ちるわよ」と言ったり、天国への通行料を徴収したら、その分、そう言った人から祝福は取り去られてしまいます。神は額面通り与えると約束されました。
 戸口
ここでは、あえてイスラム教アーイシャを採用しています。すべての人間に神の霊が宿り、信仰は脳記憶と異なる、神の霊を宿しています。ユダヤ人はバビロン捕囚以降に世界宗教の性格を持ち、異教徒によって神の性格を知ったので、宗教法人キリスト教に固執することなく、あえて教えを乞う必要はありませんが、宗教上の敵から教えられることもあります。元々、マリアを採用予定でしたが、あえて宗教を別にしました。


アーイシャ立ち絵
【ナビゲーター アーイシャ(イメージ)】(CHARAT様に感謝
ムハンマドの幼妻。記憶力と知恵に優れ、ムハンマドが片時も離さなかった最愛の妻。
後にスンニ派形成に尽力。貧困をものともせず、ムハンマドへの純愛を貫く。
絵画では常にベールで顔が隠される。
sophie100
【ソフィーさんの独り言】
人生が辛いとき、ヨハネ黙示録を何度も読み返して、色々な文献を調べました。
まとめたものが、このページです。
それと、ムハンマドの奥様のアーイシャは、困窮と戦いの最中もムハンマドに常に従い、困窮の生活を生涯愛おしく思い続けました。素敵な生き方だなと思って、ついキャラクターとして採用しました。



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