結論
少し話が長いので、まず、簡単に整理すると、こんな内容です。
- イスラム国家はエジプト・シリア領有以降に裕福になった
- イスラム教団は、派閥間主導権争いが激しい
- ムハンマドはイエス(イーサ)三位一体を否定している
- ロシア、イギリス、フランス、アメリカは、自分の都合で関与し争乱を招いた
中世欧州では十字軍を派遣しますが、カトリック教会が諸侯への影響力を強める結果となり、領主への指揮権を発動するようになります。
キリスト教とイスラム教で教義の一致が得られるか
困難。
ムハンマドはイエスの三位一体を否定しているため、カトリック、プロテスタント、オーソドックスのいずれも一致が得られません。また、キリスト教徒の信仰は不十分なのでムハンマドが遣わされたと、なぜかキリスト教徒に対して一言余計です。
キリスト教、イスラム教ともに、多くの信徒を抱える歴史的宗教組織なので、安易に敵視したり、優位性を示す意味はなく、お互いの敬意は必要でしょう。
イスラム黎明期
イスラム教史は、税制と兵制の歴史で、布教=支配という社会インフラを持っています。
ムハンマド・イブン・アブドゥラフ(570 - 632)(太陰暦)は如何なる人物でしょうか。
ターバンかぶって、ひげ生やして、しかめっ面した聖職者...?
ではなく、旧約聖書ではヨシュア、東洋では曹操のような人物です。どちらかというと武装商人、塩仲買人武将の関羽でしょうか。中東では、軍事力、宗教基盤、地盤、血筋が統治に必要です。
ムハンマド・イブン・アブドゥラフ(570 - 632)(太陰暦)は如何なる人物でしょうか。
ターバンかぶって、ひげ生やして、しかめっ面した聖職者...?
ではなく、旧約聖書ではヨシュア、東洋では曹操のような人物です。どちらかというと武装商人、塩仲買人武将の関羽でしょうか。中東では、軍事力、宗教基盤、地盤、血筋が統治に必要です。

Wiki画 ジブリールとムハンマド
中世西欧では、神授、社会契約、教皇戴冠など、自分探しを続けていました。
元首がアプリオリに統治権を持つのは、日本天皇家くらいで、普通の国は、なんでオレらを支配するんだ!と反発されてしまいます。
中東地域では、宗教と神話という形で統治します。

ムハンマド葬儀(正統カリフ一同に介する)
戦上手な預言者の誕生
ムハンマド生きた頃は、東ローマ、ササン朝、隋の時代。
アラビア半島は多神教地域で、国家を神に見立てた神話を上書きしながら、諸国の関係を反映していきます。神々が戦えば戦争、結婚すれば合併というように、神話が常にアップデートされていきます。

ムハンマド(25)は商才と統率力に優れ、闊達な若者。
若き日のムハンマドの活躍を見て、大商人未亡人のハディージャ(40)(555 - 619)が見初めて恋に落ち、大恋愛の末にムハンマドは商人の若旦那に収まります。
ハディージャ亡き後、妻となるアーイシャ(614 - 678)が「何であんなオバハンを!」とムハンマドに問うた際、すごく悲しそうに「苦境のとき、みんなが去っても、私を信じ励ましてくれた。こんな妻はいない」と、ハディージャへの想いを語っています。なんというか、理想的な愛情があります。
ムハンマドは議論好き。
アラビア商人には、千夜一夜の盗賊のような強欲者が多く、正統派商人のムハンマドは性格が合いません。イスラム教では清貧を是としますが、これはムハンマドの性格を強く受けています。
そんなとき、シルクロードの異国の商人達から、キリスト教の話を聞き、聖書とキリスト教勢力に関心を深めていきます。
そして、ムハンマドが山で瞑想していると、告知天使ジブリール(ガブリエル)が、教えを授けに現れました。新たな教えクルアーンを授けられ、偶然空席だった旧約聖書名門、アブラハムの庶子イシュマエルのひこばえが、クライシュ族であると教えられます。
ムハンマドは話を聞いてビックリ!家に帰って愛する妻に相談します。
アラビア商人には、千夜一夜の盗賊のような強欲者が多く、正統派商人のムハンマドは性格が合いません。イスラム教では清貧を是としますが、これはムハンマドの性格を強く受けています。
そんなとき、シルクロードの異国の商人達から、キリスト教の話を聞き、聖書とキリスト教勢力に関心を深めていきます。
そして、ムハンマドが山で瞑想していると、告知天使ジブリール(ガブリエル)が、教えを授けに現れました。新たな教えクルアーンを授けられ、偶然空席だった旧約聖書名門、アブラハムの庶子イシュマエルのひこばえが、クライシュ族であると教えられます。
ムハンマドは話を聞いてビックリ!家に帰って愛する妻に相談します。
文字の読み書きのできないはずの若い夫が、突如、詩的な美しい韻律で語るのですから、妻ハディージャは、この教えは本物だと確信し、夫の教えに従うことにしました。最初のイスラム教徒誕生です。

ハディージャとムハンマド 偶像崇拝禁止のため顔がベールに覆われます
ムハンマドはイーサ(イエス)の次代の最後の預言者にして、イーサの民の信仰が不十分なので、ジブリールがクルアーンを授けたのだといいます。
足の踏み場のないほど神々がいる、アラビア半島ではクルアーンの教えは迫害を受け、妻ハディージャと伯父アブー=ターリブ(549 - 619)に守られながら、クルアーンを布教し続けます。
しかし、妻や伝・叔父アッバース・アブドゥルムッタリブの死去により、後ろ盾を失うと、622年にムハンマドは布教の拠点をメディナに移します(ヒジュラ)。
※ このくだりが、後のアッバース朝成立の根拠になります

ウマル・イブン・ハッターブ テレビ番組になるほどの国士無双 Youtube英語で視聴可
ヒジュラの直前に、ムハンマドは有力な若者を得ていました。
優秀な指揮官ウマルです。
クライシュ族の勇士ウマル・イヴン・ハッターブ(592 - 644)これまた見目麗しい美少年。彼の統率力によりクライシュ族の地盤固めができ、布教のための兵団(?)をもって、劣勢を一気に覆し始めます。後にウマルは二代目カリフになります。
ヒジュラの翌々年はパドルの戦い(624)、メッカ奪還(630)、アラビア半島軍事制圧(632)と、順調に布教活動が進んでいきます。
同時期、エジプトとシリアの重要性を痛感し、人脈のウスマーン(576 - 656)、指揮官ヤズィード(605 - 639)、の活躍もあり、北アフリカを勢力圏に加えます。ヤズィードが病死すると、ムアーウィヤ(603 - 680)が次期シリア総督になります。
ムハンマドはアラビア半島統一まで駆け抜け、急速に体調を崩してしまいます。
ムハンマド 寵愛の蹉跌
特にムハンマドの寵愛を受けたのは、幼妻アーイシャ(9歳で56歳のムハンマドと結婚)(614 - 678)と娘ファーティマ(615 - 632)で、ファーティマは夫 アリー・イブン・アビー・ターリブ(599 - 661)とともに預言者後継者一家と見なされていました。
アーイシャは、戦場でも、神殿でも、ムハンマドと共にし、夫の言行を逐一記憶して、後の重要文献ハディースに生活面での記録を加えています。特に生活面での律法が詳細なのは、アーイシャの記憶力が良かったため。
弁舌闊達で、ムハンマドと語らい、始終付き添った妻アーイシャ。
彼女はアーイシャ・ビント・アブー・バクル、初代カリフのアブー・バクル(573 - 634)の娘です。

ファーティマとアーイシャは、ムハンマドの寵愛を巡り、お互いが面白くありません。ファーティマはアブー・バクルとも関係が悪く、ファーティマにとってアーイシャは、外戚にして後妻というドロドロ険悪な関係です。
かなりややこしい系図(血縁関係が重視される世界)コトバンクのもの
アリーとファーティマ夫妻は、632年にムハンマドが没すると、アブー・バクルにムハンマドの遺産の引き渡しを要求します。しかし教団は有力者の共同体のため、アーイシャは、ファーティマとアリーの遺産相続を一蹴します。
有力者達は、司令官ウマル・ハッターブ、元老アブー・バクル、その娘アーイシャは合議体による判断に賛同し、功臣一同が共和制スンニでまとまり始めました。

アリーターリブ(19世紀画像)
イスラム教成立と消息
世襲禁止はイスラム教原点旧約聖書に遡ります。
ヨシュアがエリコの街を全滅し(ヨシュア6:18)、金銀銅鉄すべて主の倉庫に接収しているので(同19)、イスラム教原理主義は、武装蜂起する口実として、原典原理を持ち出すようになります。
旧約聖書では、何度王政を住民が要望しても、預言者は王政を拒否しました。
あまりにしつこいので、預言者サムエルが折れて、サウルを王に建てます。
あまりにしつこいので、預言者サムエルが折れて、サウルを王に建てます。
しかし次代ダビデ王の後、遺産相続をめぐって争いが起き、制したソロモンは調子に乗って、多数の側室と懇ろになり、神から離れて王国は衰退に向かって進んでいきます。そして予想どおり預言者はないがしろにされます。

預言者サムエルとサウル王(永眠妨害にサムエルブチ切れ)
イスラム国家の世襲王朝は、全て滅亡しますが、クルアーンとスンニは残り、アーイシャの慧眼によって、現代にイスラム教が伝わります。
仮にアリーが世襲した場合、元勲やアーイシャを処刑したでしょうし、クルアーンも、エジプトも、ハディースも失い、東ローマ、ペルシャに滅ぼされ、組織分裂により自然消滅したと思われます。
分裂を急ぐイスラム教有力者の中で、最後までアーイシャはかすがい役を務め、信徒の話をよく受け止め、とにかく共和制にこだわりました。オッサンだらけの集団は主導権を奪い合い、均衡が保てません。
王朝が血筋や民衆の組み合わせに対し、イスラム教は形而上のもので朽ちません。
日本国憲法は100年足らずですが、恒久、永久という概念が含まれ、憲法が形而上のものとして意識されています。官報が全部焼けても、憲法は残るということです。
大商人ウスマーンがウマルの指示でエチオピアへ移り、ヘブライやアレクサンドリアの財力と文献収集力を使って、クルアーンを一つに編集します。

9世紀のクルアーン(wikipediaアラビア語画像)
分裂の帝国
初代 アブー・バクルはクライシュ族有力者にしてアーイシャの父。ムハンマド没から2年後に、後を追うようにして亡くなります。
二代目 ウマル・ハッターブ(592? - 644)はクライシュ族指揮官(アミール)。武力をもってイスラム教布教に貢献しました。638年にエルサレムを征服し、エルサレム主教下のキリスト教徒を保護民とします。
三代目にウスマーン・アッファーン(574? - 656)はクライシュ族ウマイヤ家商人。ウマルの下でエチオピア地方で地盤を作り、エジプトやシリア攻略を成功させます。ウスマーンは征服地の反乱、東ローマの侵攻、ササン朝を下すうち、中央集権制度を整えていき、官僚制の整備、常備兵の整備が進んでいきます。
軍隊は占領地の平坦と食料を接収して力をつけ、徐々に軍閥化して反乱軍を形成していきます
。ウスマーンは統治の妨げになると予見して、軍隊による接収や略奪を禁じるものの、時はすでに遅く、兵士達は取り分の激減に怒り、ウスマーン暗殺を誓うようになります。
当時はユダヤ人限定の金貸業ギルドがあり、これいいなと、ウマイヤ家でも金貸業を始めます。裕福になることは、いいことなのだと、一族は非常に裕福になります。
イスラム教は清貧の教え。有利子債権禁止でゼロ金利を永久保証。
さすがに、ウスマーンはイスラム教から逸脱していると、信徒はアーイシャに訴え、ウマイヤ家寡頭優遇と、成金ぶりに対して、「まだムハンマド形見の服の、ぬくもりが残っているというのに、スンナ(律法)を忘れたのか!」と苦情を伝えています。アーイシャは最後まで、信徒からの献品や金銭は受け取らず、貧しい者に分けたといいます。
シーア派、改造スンニ派への分離(正統カリフ消滅)
ややこしいことに、ムハンマドの養子 アリーも動き始めます。
ウスマーンは、ウマイヤ家出身者だけを重用し、軍隊の略奪を禁じ、勝利しても手柄がなく、わずかの残りもウマイヤ家に取られてしまう。
公租公課は、租税ハラージュは収穫の半分、更に公課人頭税ジズヤも取られ、異教徒は更に納税が重く、手元に残る収入がありません。兵士達はブラックぶりに大激怒。
そうだ、労基、いやアッラーの獅子、アリーがいるじゃないか。
俺たちの力になってくれるに違いない。しかもウマイヤ家を嫌っているらしいじゃないか、ということで、急速にアリーに兵士達が集まり始めます。
アリーの庇護下に入った暗殺団が、656年にメディナでウスマーンを暗殺すると、スンニによりアリーが四代目カリフに選任されます。
この動きに対して、シリア総督ムアーウィヤは、ウスマーン暗殺の血の復讐を誓い、660年にスンニによって、出来レースでカリフに互選?されます。カリフを世襲で出来互選(?)することとなり、世襲王朝となるウマイヤ朝を開きます。
アリー庇護下の暗殺団のウスマーン暗殺はやりすぎだと、ある兵士はアーイシャに相談し、アーイシャはアリー討伐の協力者を募り始めます。ラクダに乗ってアーイシャが対峙するものの、アッラーの獅子はさすがに強く、自分の服だけ持って、とっととメディナに帰れとアーイシャは戻されます。
アーイシャが政治の場から姿を消すことで、有力者による共和制カリフの時代に戻れなくなります。

ラクダの戦い 左のラクダに乗った女性がアーイシャ
更にアリーは、トコトン野戦に強かった。さすが神の獅子。
翌年にはスィッフィーンの戦い(657)でムアーウィヤに勝利しますが、ムアーウィヤの提案で和平に持ち込みます。ムアーウィヤの力は絶大なので、再三、部下達はアリーに翻意を求めるものの聞き入れず、アリーを見限った者が、ハリワージュ(分離主義者)として離れていきます。
やはり、ムアーウィヤの政治力は無視できない。
アリーが再度、ムアーウィヤ討伐軍編成を始めると、だから言わんこっちゃないと見放されはじめ、「まずは胸に手を当てて考えてごらん」とハリワージュがアリーに手紙を送ると、アリーは集落を全滅させ略奪してしまいます。
復讐は復讐を呼び、ハリワージュは661年にアリーを暗殺してしまいます。
ムアーウィヤはアリー領を攻略し始め、イスラム圏全体を帝国化します。
シーア派の復活
地租ハラージュの、収穫50%の税率は、ウマイヤ朝を通して行政をたたります。加えて人頭税ジズヤも重いので、節税対策としてイスラム教に改宗する者が相次ぎました。これを追いかける形で、改宗者からもジズヤを徴収すると、ますますウマイヤ朝は政情不安につながっていきます。
ウマイヤ家寡頭制が揺らぎ始めると、臥薪嘗胆シーア派が力をつけて、シーア派の力を借りる形で、ウマイヤ朝をアッバース朝(750-1543)が倒しますが、、10の王朝に分裂していきます。






江戸川屋さんから購入画像。火災にならず風で消えない優れモノ
ジフィーポットに発芽したナデシコ
ジフィーポット。底の穴が少し大きい
セルトレイ2週間。すべて発芽。
4ヶ月経過の四季なりイチゴ。まだ小さい。
赤丸が迎撃弾の守備範囲

インパチェンスの種。少なっ!
ヒメシャガの花。すごくキレイ