こんにちは。
いつかはこの日が来るとは覚悟はしていました。
それが、ついに来てしまいましたね。
僕が最初に出会ったのは14歳の時。
今はもうアラサーになりました。
もしも出会っていなかったらどうなっていただろうか。
今とは違った人生を歩んでいたかも知れない。
まあ、恐らくそこまでの影響はないとは思うけれども、
それぐらいの影響は受けていた。
2004年。
僕が初めて出会った年である。
始まる前からテレビで散々予告CMが流れていた。
"あの伝説の学園ドラマが帰ってくる" と。
凄かったという噂は聞いてはいたけれど、
見たことは一度もなかった。
それがまさか生で見れる機会が来るとは。
しかも、ちょうど自分が同じ年齢の時に。
これこそ、まさにラッキー7である。
以前、紹介したこういう出来事があったことでもお馴染みの
第7世代である。
うちの中学校の卒業文集では、
お隣の3年B組のページの最初に書いてある挨拶の部分は
”3年〜B組〜でお馴染みの3年B組です。”
という文から始まっている。
それくらいの影響力があった。
なので、本当に僕が3年A組だったというのが
とても残念である。
僕も言いたかったし、書きたかった。
途中、風邪だったかで体調を崩していた日もあったけど、
なんとか放送時間にまでは体調が回復したので、
皆勤賞の記録を途切れさせずに継続することが出来た
という出来事を未だに覚えている。
それぐらい印象に残っている作品だった。
もうあの頃には二度と戻れない。
調べてみたら、脚本家が変わったのも
第7シリーズの途中からだった。
ということは、僕らが生で同じ中3という時期に見れた
最後の世代である。
僕らより下の世代は見れていないことになるので、
"俺たちは見れてるぜ。" マウントを取ることが出来る。
また、僕らより上の世代は昭和生まれになるので、
"僕たちは昭和生まれではないんで。" マウントを
取ることが出来る。
よって、僕らは最高の世代だったのだ。
武田鉄矢さんのコメントが今、配信された。
「初めてお会いした日から、最後にお別れした日まで、これからその32年をゆっくり振り返り、何度も何度も思い返そうと思います。心よりご冥福をお祈りします」
僕らもそうだ。
これからも何度も何度も振り返り思い返すだろう。
今、僕らの中学校ではソーラン節を運動会で踊っている。
それが今は伝統になっているそうだ。
だが、僕の時はソーラン節は踊っていなかった。
僕らよりの上の世代でも。
どうなった経緯でそうなったかは知らないが、
恐らく金八先生の影響があったに違いない。
他の学校でも同様の事例があるのではないだろうか。
現場の歴史を変えた。
そんな偉業を成し遂げたドラマが他にあるだろうか。
貴方がどれだけ偉大であるか、
どれだけ凄い偉業を成し遂げたのか、
僕がいちいち話さなくても
それを証明出来るデータは山ほどあるだろう。
もうこれを超えるものが出て来ることは
恐らく今後もないだろう。
というか、あったらいけないと思うんだ。
今後とも殿堂のトップであり続けてほしい。
貴方の偉業を後世に伝えるために。