方角というものが四方であるということは人類のすべての文明で同様です。
言い表す言葉は違っていても、東・西・南・北の四方向であることは同じです。
ただし、その方向に色々な意味を盛り込むということでは地域によって少し違いがあるようです。
そういった方位についての概念を歴史と地理の面から見ていったものです。
東という方位はかつては最上のものと考えられていた地域もありました。
太陽が上がってくる方位ということもあり、特別視されていました。
地図を描く時に東を上にした時代もあります。
しかしヨーロッパから見て東、つまりアジアの方角との歴史が積み重なるにつれその意味も変わっていきます。
そことの軋轢が強まると東という方向自体にも悪いイメージを付けるようになります。
南は北半球の人から見れば暖かいというところです。
特に北欧の人にとっては南はあこがれでした。
しかし南欧の人はそれほど南に憧れることはなく、かえって南は貧しく、怠惰だというイメージが付けられます。
それは世界的に植民地を持つようになる時代になるとさらに拡大し、南という方角のイメージ自体と結び付けられました。
今でも「グローバルサウス」という言葉で途上国を表すといったことになっています。
北は世界地図が広く作られるようになった時にはほぼ地図の上にされてきました。
ただし、丸い地球を四角い地図にしたために北極というものは地図の上辺すべてとなりましたが、実際にはごく小さい一点に過ぎません。
西もその意味が大きく変化していった方角です。
太陽が沈む方向ということで、終末とか死といったものと連結されました。
しかし中国ではたまたまインドが西方ということで仏教での西方浄土と結び付けられました。
ただし、中国から見た西方はまた強力な遊牧民族が来襲する方角でもありました。
ヨーロッパから見た西方は海ばかりだったのですが、それが新大陸発見で意味を変えます。
そしてそのアメリカでは東から植民化が進められさらに西方を目指すということでフロンティアの意味も付けられます。
著者はヨーロッパばかりでなく、中国や日本の方角についての意識も研究範囲としており、日本の明治からの西方世界への参入なども論じていました。
なかなかの博学ぶりといえます。