中世ヨーロッパでの戦争と言えば平野での会戦より城に籠っての攻城戦というものが多かったように感じます。
その攻城戦について様々な方向から見ていき、絵画や写真をふんだんに掲載した本です。
なお、中世ヨーロッパと言いますがそういった戦争の形態はそれ以前の中近東やギリシャ・ローマでも見られたようで、その当時の話題もかなり入ってきます。
本書最初はまず第1章「攻囲を敷く」から、防衛をする城側の設計、攻城戦に対する準備など、城は昔のものがそのまま残っているものもあり、ふんだんな実例が示されます。
そして攻める側の戦法や兵器が次章から次々と示されます。
大きな槌で城壁を崩す破城槌や穿孔機(第2章)、カタパルトやねじれ式兵器で太い矢や大石を発射する(第3章)、さらに高弾道で巨大な岩石などを発射するトレビュシェットは15世紀に火薬を用いる射石砲が出現するまでは主役でした。(第4章)
そしてそれ以外にも高い移動式の攻城塔や地中を掘り進み城内に侵入する坑道掘り(第5章)
そしてそのような力攻めとは別に行われた心理戦や策略(第6章)
さらに高性能な火薬、焼夷弾が現れ、城の防御が不可能となり攻城戦の時代も終わります。
巨大な丸太を城壁に叩きつけて壊そうという、攻城槌はすでにギリシア・ローマ時代から使われていましたが、中世になってもほとんど発達せず、古代のままの使用法で使われていました。
その巨大な装置は動かすにも多くの人員を必要とし(家畜はかえって役に立たない)彼らが城壁の寸前まで運ばなければならないため、城の防御側の必死の反撃で犠牲者も多くなりました。
それがようやく14世紀になり出現した大砲で、数百m離れたところから発射することで安全な距離を保ったまま攻撃することができるようになったそうです。
とはいえ、初期の火薬を使う大砲は不安定でなかなか信頼できる兵器にはならず、平衡錘式トレビュシェット(投石器)はその後も150年以上も戦場で並行して使われていたようです。
トレビュシェットが使われた最後の記録は1521年にメキシコのアステカ王国の首都トノチティトランをエルナン・コルテスが攻撃したというものでした。
ただし、すでにトレビュシェットを操作する熟練者が枯渇しており、素人ばかりで使ったため、最初の巨石を発射しようとしたものの巨石はそのまま真上に上がり、真下に落下し発射したトレビュシェットを破壊したとか。
戦争というものは技術の粋を集め、多くの人々が叡智を集めて工夫していったものだということが感じられます。
そのような攻城戦の様子は映画でしか見ることができませんが、実際には迫力一杯のものだったのでしょう。