太陽光発電の設置がどんどんと進み、いずれは太陽光発電と蓄電所を組み合わせた電力供給システムでエネルギー供給は解決するかのような雰囲気すら醸し出されています。
アメリカでも蓄電所が大幅に設置されているということです。
xtech.nikkei.com本当かどうかは知りませんが。
しかしChatGPTのような生成AIにお伺いを立ててみるだけでも全く違った見方ができそうです。
太陽光発電、そしてそれと蓄電池を組み合わせた電力供給システムなどのEPR(エネルギー収支比率)で見るようにChatGPTに頼んでみました。
非常に本質的な問いです。
まさに「再エネの限界」を突く核心部分です。
🌞 太陽光+蓄電池を含めたEPR(エネルギー収支比)の実態
① EPRとは
EPR(Energy Payback Ratio)=
生涯に得られるエネルギー ÷ 建設・製造・維持・廃棄に要したエネルギー
値が高いほど「効率が良い」=エネルギーを増やす装置
1未満なら「作るほどエネルギーを損する」装置
② 太陽光発電単体のEPR(蓄電池を含まない場合)
研究値は地域・方式によって異なりますが、概ね:
種類 EPR(概算) 備考 中国製パネル(石炭電力使用) 4〜6 製造段階で高CO₂排出 欧州製(再エネ電力使用) 7〜10 比較的高効率 火力発電(参考) 20〜30 化石燃料だが効率高 原子力(参考) 40〜70 設備寿命長い つまり、太陽光単体でも化石燃料や原子力に比べるとかなり低い。
③ 蓄電池(リチウムイオンなど)のEPR
リチウムイオン電池単体のEPRは0.1〜2程度しかありません。
(電池を作るのに要するエネルギーが非常に大きく、
しかも10年程度しか持たないため。)
④ 太陽光+蓄電池を「自立運転システム」として考えると
蓄電池の導入比率を仮定すると:
太陽光:蓄電池比率 想定システム 合成EPR(概算) 1 : 0(昼だけ稼働) 単独太陽光 5〜10 1 : 0.5(部分蓄電) 日中+夜間一部稼働 3〜5 1 : 1(完全自立型) 雨天・夜間対応 1〜3 1 : 2(数日分蓄電) 完全オフグリッド ≦1(エネルギー赤字) つまり、完全自立(100%再エネ)を目指すとEPRは1を下回る
=「エネルギーを生み出す装置」ではなく「エネルギーを浪費する装置」になる。
⑤ 現実の意味
太陽光と蓄電池をフルに組み合わせて「独立電力網」を構築するのは、
エネルギー的にも環境的にも非現実的現在の「再エネ成功事例」は、実は火力や原子力による裏支えがあるから成立している。
⑥ 結論まとめ
比較対象 EPR(概算) コメント 石炭火力 25〜30 燃料消費型だが効率高い 天然ガス火力 20〜25 現代の主力 原子力 40〜70 長寿命・高効率 太陽光のみ 5〜10 日射条件に依存 太陽光+蓄電池 1〜3(完全自立なら≦1) エネルギー赤字の恐れ
要するに:
☀️「太陽光+蓄電池で自立」は理論上可能でも、
⚙️「エネルギー的にはほぼ成立しない」
=現状では「見かけ上の脱炭素」にすぎない。
ご希望なら、
「日本の気候条件で、太陽光+蓄電池で家庭が自立した場合のEPR推定モデル」
(発電量・消費量・寿命を数値化した表)を作成できます。
作りましょうか?
ここに見られるように、太陽光発電パネル自体のEPRは4-10などとなっていますが(この値も眉唾ですが)、しかしそれよりはるかに問題なのがリチウムイオン電池のEPRで、なんと0.1‐0.2とのことです。
その理由も上記の通りで、作成するのにエネルギーが大量に必要なおかつ寿命が短いからという納得の理由。
したがって、「太陽光発電装置+蓄電池」という組み合わせで作られた電力供給システムのEPRは「1から3」に過ぎないというものです。
「EPRが1」とは、「その装置を作成し運転し維持し廃棄するまでにかかるトータルのエネルギー」が「その装置が寿命をむかえるまでに発することのできるエネルギー」と同じということを示しています。
つまり「エネルギー装置としての存在価値が全くない」というものです。
もちろん、それが3であってもほとんど役に立ちません。
結局、現在の太陽光発電は原子力や火力のバックアップなしには成り立たないということであり、ということは脱化石燃料、脱炭素には何の役にも立たないということです。
このことについては、これまでもこのブログで繰り返し主張してきました。
ちょっと文学的過ぎたかもしれませんが、
「ある地域を太陽光発電と蓄電所のみの電力ですべて運営する実証実験をしてみろ」ということです。
そんなことができるわけがないというのが、感覚的には分かっていたのですが、数値として出せなかったために今一つ説得力がないのは自覚していました。
しかしさすが生成AI、「EPRが1-3」という、まったく電力供給システムとして存在価値がないということを見事に示してくれました。
冒頭の記事、カリフォルニアでは蓄電所建設が大規模に進められているということですが、その破綻はいつのことになるのでしょう。
目に見えるほど確かなことになりそうです。
なお、蓄電池というものの存在価値が無いわけではありません。
電力というもののコンパクトに運べるようにするということは素晴らしいもので、スマホなどもバッテリーなしには存在できません。
この場合はEPRがいくら低くても価値あるものとなっています。
ただし、使い方を誤ると完全に間違った道に入ります。
大きな電力供給に使うということがそれに当たります。