イギリスを訪れる多くの人々が驚くのが「黒い人」が多いことだそうです。
私も陸上競技などのイギリス代表として黒人が多いことは感じていましたが、実際にイギリス国内を見た時にはその感覚が強いのでしょう。
そのような黒人などがどうやってイギリス国内に増えてきたのか、その歴史を見ていきます。
古代までたどると、まだアングロサクソン人やノルマン人が一人もイギリスに入っていない頃から黒い人々が来ていました。
古代ローマ帝国が現在のイギリスを支配していた頃、アフリカ出身者がその支配層として来訪していたようで、その考古学的遺物も残されています。
なお、彼らは奴隷ではなかったようで、墓地に埋葬された様子を見ても高い位だったことがうかがえるものもあります。
その後、アングロサクソン征服からノルマン征服と支配者が変わっていく中で、散発的に黒人らしき人がやってきた痕跡はあるものの、多くはありませんでした。
シェイクスピアのオセローの主人公はムーア人ですが、そのモデルはないようです。
しかし18世紀になり、アメリカ大陸への奴隷としてアフリカから多くの黒人が連れていかれましたが、その奴隷貿易に関与していたのはイギリス商人が多かったようです。
そのため、アメリカ大陸の農園などで働かされていた黒人が逃亡し、イギリスの船でイギリス入国という例が増えていきます。
その時、イギリスはアメリカの独立勢力に対抗するため、アメリカで奴隷とされていた黒人たちにそこから逃亡しイギリス軍に加わるよう促します。
かれらを黒人ロイヤリストと言います。
アメリカの独立が成立すると、イギリス派の白人たちはイギリスに引きあげるのですが、それと共に独立軍と戦った黒人ロイヤリストもイギリスに入国します。
しかしイギリス政府の彼らに対する処遇は極めて冷たいもので、ほとんど補償もせず、奴隷から解放してやっただけでありがたいと思えといった態度でした。
そういった黒人たちがイギリス国内に増えてくると、社会不安を増大させるということで、厄介払いをするかのように、アフリカのシエラレオネに彼らを植民させるという計画も動きます。
しかし、ほとんど実現の可能性もなく、ほとんどの人が死んでいきました。
世界大戦の頃にはイギリス国内の黒人も増えるとともに、アフリカやアメリカでイギリスの植民地となった国の黒人たちも戦争に参加させることとなります。
しかし第1次大戦の頃には軍隊内部の反発が強く、黒人の戦闘参加は認められませんでした。
それが第2次大戦ではアメリカ軍に多くの黒人兵がいることもあり、イギリスでも認められるようになります。
戦後、イギリスの植民地はどんどんと独立するのですが、その元イギリス植民地をコモンウェルスと呼び、その市民にはイギリスに入国し居住する権利を与えました。
この法律はそれらの国に住むイギリス出身の白人たちを意識して決められたのですが、黒人にも適用せざるを得なくなり、結果的に多くの黒人たちがイギリス本国に流入することとなりました。
イギリス国内では異人種間の結婚についてはアメリカほど拒絶感がひどくなく、多くのカップルが生まれています。
政治家にもスナク元首相などが誕生しており、国王一家にも黒人の血をひくメーガン妃が誕生しました。
これからもさらに多くの海外出身者が活躍する社会になるのでしょうか。