男性のヒゲというものは地域と時代によってかなり違う扱いを受けるようです。
男らしさの象徴として見られ、ヒゲのない男など成人として認められないという場合もありますが、ヒゲを生やしていることで解雇されるということもあります。
そのようなヒゲの文化史、西欧社会を中心に歴史をたどっていきます。
出てくる歴史上の人物はどれも有名な人々ばかり。
それが必ずヒゲについて大きな意志を持ちその決定が何よりも大きかったように綴られていますが、ちょっと信じられない思いもします。
古代文明、メソポタミアやエジプトではヒゲを生やした人物、ヒゲのない人物の絵や彫刻が残っています。
その地では王や貴族など俗社会の支配者たちは立派なヒゲですが、聖職者たちはヒゲがありません。
ただしシュメール人初期の王のシュルギはヒゲの有無で全く違う像が残っています。
王権の象徴の時はヒゲあり、宗教の長の時はヒゲなし、それを使い分けていたのでしょうか。
エジプトの国王ハトシェプストは軍隊の司令官としても成功し、豊かなエジプトを統治しました。
その像も残っており豊かなあごひげが描かれていますが、実はハトシェプストは女性でした。
ファラオの娘として産まれ、夫が国王であった時は女王だったのですが、夫の死後国王となりました。
国王としての姿はやはりヒゲがなければならなかったのでしょうか。
ヨーロッパ人は古代からはるか彼方にいる未開人たちは野蛮で毛むくじゃらだと想像していました。
しかし大航海時代に新大陸やアフリカ・アジアに進出してみるとそのイメージが違っていたことに気付きます。
ほとんどの「未開人」はつるつるで滑らかな肌をしており、毛むくじゃらだったのは自分たちだということに気が付きました。
特にアメリカ先住民はただでさえ薄いヒゲを熱心に抜いていました。
ルネサンス期の人々は何でも神に任せていたことを自分たちで解析しようとしました。
そのため、ヒゲというものも男性の性力、精液の働きなどと関連付けて解釈しようとしました。
ところがそこで困ったのが、ヨーロッパ人にはかなり多いと言われる「女性のヒゲ」でした。
中には男性以上に豊かなヒゲを持つ女性もいましたが、彼女たちは性的には完全に女性であり、子どものいる人も多かったので、ルネサンスの科学者たちはその解釈に困ったそうです。
リンカンは大統領候補となるまではほとんど知名度もなく、田舎の政治家以上のものではありませんでした。
ところが11歳の少女、グレイス・ペデルから驚くべき手紙を受け取りました。「あなたがほおひげを生やせば私の兄弟たちもあなたに投票するでしょう」
まさかその手紙のせいではないでしょうが、ヒゲの無かったリンカンはその後あの写真でも見られるようにほおひげを生やし、そして大統領に当選しました。
20世紀前半にはヒゲは全くの悪役になってしまいます。
ヒトラーやスターリンは西欧社会にとっては悪役、チャプリンも道化師に過ぎず、まっとうな社会人はヒゲをきれいに剃るのが当然となりました。
そんな中、口ひげを生やしたニューヨーク州知事トマス・デュ―イが大統領選に挑戦します。
1944年の相手はフランクリン・ルーズベルト、1948年はハリー・トルーマンでした。
どちらもヒゲのない相手に負けてしまいます。ヒゲのせいだけかどうかは分かりませんが。
その後のアメリカ社会ではヒゲは反体制の象徴となってしまいます。
ミュージシャンや芸術家などはヒゲがあっても社会人には認められません。
現在でも軍隊では禁止、他の職業でも制限されている場合が多いようです。
この本では西欧の歴史だけですが、日本のヒゲの歴史をみても時代によってかなり異なるようです。
戦国時代や明治時代には多くの人々がヒゲを生やしていたようですが。
ヒゲを生やそうとしてもほとんど生えない自分にとっては選びようのないヒゲ面というものでした。