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「教養としての 中国古典」湯浅邦弘編著

中国には数千年にわたる歴史があり、その中で生み出された古典と呼ばれる文書、著作などが数多くあります。

この本ではその中から重要なものを選び、その概要からよく知られている文章までコンパクトに紹介しています。

 

取り上げられているものは、

第Ⅰ部古典の精華として、論語尚書、左伝、礼記、孝経

第Ⅱ部諸子百家の世界から、老子孫子墨子韓非子

第Ⅲ部歴史と故事を伝える、呂氏春秋、戦国策、列女伝、十八史略

第Ⅳ部古典籍の展開として、貞観政要朱子語類、家礼、菜根譚呻吟語

そして最後に第Ⅴ部中国の古典50選

となっています。

 

私はもちろん原典などは読むこともできませんが、抄訳、要点のみの紹介等で読んだことがあったのは、論語尚書、左伝、孫子、戦国策、十八史略といった程度で、他のものは未読、名前すら知らなかったものもありました。

 

名文を紹介してあるコーナーで、尚書では「昭和という元号の典拠」という文がありました。

百姓昭明にして万邦協和す という文章の中から二文字を選んでつなげたものです。

「令和」の場合よりはよほど整った文章で判りやすいものだったと言えます。

 

戦国策には現代でも知られる故事成語が数多く含まれています。

蛇足、虎の威を借る狐、漁夫の利などの出典はどれも戦国策ですが、それはこういった言葉が遊説家たちが諸国を巡り、その君主に対して自策を説く場合に分かりやすく例え話(寓言)として語っているからで、そこに使われた例をそのまま戦国策に収めたからということです。

上記の例では、それぞれ陳診が楚の将軍昭陽を、江乙が楚の宣王を、蘇代が趙の恵王を説いた時に使われた言葉です。

なお「席捲」という言葉もよく使われますが、この出典も戦国策でした。

これは「むしろをまく」(席は”むしろ”、まくは”捲く”)ということで、張儀が楚の懐王を説いて秦のために合従を破綻させようと図った時の言葉です。

遊説家たちは命を賭けて弁論で君主を説こうとしていましたので、それだけ珠玉のような言葉を磨いたのでしょう。

 

これまでも中国古典はよく読んでいる方だと思っていましたが、まだまだ道遠いようです。

 

 




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