語学学習は幼い時から始めなければならないといった説が広まり、幼児から英語を習わせるといったこともあるようです。
そこにはかつて言われていた「語学学習臨界仮説」という、ある年齢を越えると急激に語学習得能力が衰えるといった学説も影響しています。
しかし、こういった語学習得についての科学的な研究の蓄積はまだまだ不明なことが多いとはいえ相当に実施されており、それをたどっていくと一般的な印象とは異なることもあるようです。
本書では第1章で「臨界期という考えの由来、そういったものは本当にあるのか」
第2章では母語(第1言語)の習得の年齢との関係、第3章では第二言語習得について、第4章では従来の研究のアプローチの問題点と研究者のジレンマ、第5章では「臨界期を過ぎてから第二言語学習を始めたにも関わらずネイティブ並みになった」達人たちについて、第6章では日本で英語を学ぶような外国語環境の中での言語習得と年齢との関係を見る、といった具合に進められていきます。
なお、「第二言語」とされているのは、アメリカのように移民社会で移民として渡米しその後英語の中で過ごすような環境の中で習得される言語のことで、第6章で述べられているように日本のような外国語環境の中での英語教育といったものとは状況が異なります。
アメリカではこちらの方が重要であるためか、長年の研究の蓄積も大きいようですが、その成果というものは外国語教育として英語を習っている状況には直接使えるものではないようです。
言語習得の臨界期仮説というものは、動物学者ローレンツの刷り込み現象の発見に触発されて発展してきたもののようです。
カモの刷り込み現象とその生後の時間の関係などは多くの実験で判ってきました。
言語習得にもこれと同じような原理が働くのではないかという仮説は科学的に見えたようです。
しかし、どうやらそういった根拠は確かめることができませんでした。
言語の習得はどのようにして行われるのか。
どのような言語でもそこには韻律という原則があります。
それはイントネーション(抑揚)、アクセント、リズム、トーン(声調)などの特徴のことです。
ただし、言語によりそのどの特徴がより重視されるかということは異なりますし、アクセントをとっても言語により扱われ方がかなり異なります。
日本語では高低アクセントが重要ですが、それも地方によって異なるという状況です。
英語では特に強弱に留意しなければならず、さらに長さも違ってきます。
「マクドナルド」を英語圏で理解してもらうには最初の「ド」の部分を、強く、高く、長く発音しなければいけません。
一方日本では拍(モーラ)と次の拍が等間隔となるため「マ・ク・ド・ナ・ル・ド」と六拍が等間隔で発音されます。
このような韻律というものを赤ちゃんはすでに母親の子宮内にいる時から聞いて学習していると考えられています。
新生児は彼らが一度も聞いたことのない外国語でも韻律特徴の違いを聞き分けられるそうです。
しかし生後2か月ほとで大きな変化が起き、耳にしていない外国語は聞き分けられなくなります。
ただし、よく耳にする母語は聞き分けられます。
そして生後6か月から9か月で母語に特徴的な韻律パターンに強い興味を示すようになります。
さらに一歳になるころからは母語の単語の語彙をどんどんと増やしていきます。
こういった習得状況の研究は実は、不幸な事件などでこれを行えなかった事例の犠牲者の学習を通して発展していきました。
誘拐や保護者の犯罪などでまともな教育をされなかった子どもが保護された後に何とか言葉を教えようという周囲の努力にもかかわらず、回復しなかったということの状況を解析して行きました。
アメリカへの移民が本当に第二言語として英語を習得できるのか。
それはアメリカにとっては大問題だったようで多くの研究例があります。
そこでは入国年齢が若いほど英語習得が可能と言った結果も出ていますが、その研究手法上の問題もかなりあったようで、科学的な方法論と言えないものもあったようです。
英語の文法を本当に習得できるのかどうかというテストでは、非常に高速に文章を聞かせてそれが正しいかどうかを瞬間的に判断させるといったことも行われましたが、英語力云々以上にそういったテストに慣れているかどうかの方が問題ということもあったようです。
第二言語習得程度のレベルとして「母語話者レベル」「母語話者に近いレベル」「上級者レベル」などと分けられることもありました。
しかしちょっと考えても分かるだろうことですが、生まれながらにその言語を使っている「母語話者」であってもその言語能力には相当な差があります。
その中でどの程度のレベルの人を基準とするのか。
非常に優れた言語学者程度の人を基準にしたのでは誰もそこには届きません。
成人の母語話者の言語能力は少なくとも「基本言語認知」(BLC)と「高度言語認知」(HLC)に分けて考えるべきではないかとホールスティンという研究者が指摘したそうです。
まあ当然でしょうね。日本人でも皆日本語が高度に話せるなどということはあり得ません。
多くの日本人が「日本語母語話者レベル」に到達していないということになってしまいそうです。
日本における英語教育はこれまで述べてきた第二言語としての英語習得すなわち米国内などでの移民の事例とはかなり違います。
そんな中で本当にごく早い時期の幼児から始めることに意味があるのか。
言語学習の中にも音声に関するものと文法に関するものが在り、これも年齢による差がありそうです。
スペインの研究例では様々な言語能力のどれについても4歳、8歳、11歳の時点から英語指導を受けた子どもの能力を見た中では11歳から始めたグループが最も高かったそうです。
日本の場合は教室で教育を受けるだけでその他の環境ではほとんど英語のインプットが無いということもあり、スペインとも違いがありそうです。
まだ確定的な結果が出せるほどではないようですが、とにかく英語教育を始める年齢よりは始めたからいかに良質な授業を長時間できるかの方が影響が大きいようです。
なお、できるだけ英語への接触を増やそうと、他の授業まで英語で行うイマ-ジョン・プログラムということをやっているところもあり、また他国でも取り入れられている例もありますが、どうやら効果はあまり期待できず、デメリットの方がはるかに大きいということになるようです。
他にも多くの研究事例が紹介されており、英語の習得、英語教育の実施という点については参考になることが多いようです。