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「人間はだまされる フェイクニュースを見分けるには」三浦準司著

フェイクニュースというものに世間の関心が集まっているのでしょうか。

こういった本が次々と出版されています。

ただし、この本では冒頭にそれに関するらしき部分があるものの、後の大部分は既存メディアの解説の方が多くなっています。

著者の三浦さんが共同通信の記者として長く活躍してきた方のようですので、そちらの記述が多くなってきたのでしょうか。

まあ、題名にひかれて読み出すとちょっとがっかりするかもしれません。

 

それでも既存メディアにおける情報の質とネットニュースのそれとの間には大差があるということを認識することは重要なことでしょう。

そしてそのために多くのコストがかかっていたのも事実であり、それが売り上げ減少で維持できなくなりつつあるということも間違いありません。

結局はそういった品質を保てなくなった粗悪ニュースばかりになるということでしょう。

 

事件などが起きたところに居合わせた人が文章を書くだけではニュースとしての価値は限られています。

メディアの記者となり記事を書く際の最初の教えが「ウラを取れ」ということだったそうです。

見たそのままだけでなく、別の観点からの情報も確認したうえで書くということが鉄則でした。

しかしネットニュースなどではそういったコストや手間をかけることなく、不確かな文章が垂れ流されます。

それではフェイクと言われても仕方ない事でしょう。

 

既存メディアの記者の仕事の紹介のなかで「スクープ」についての話は興味深いものでした。

スクープといっても二種類あり、「時間差スクープ」と「調査報道」です。

時間差スクープというのがよく言われるスクープなのでしょうが、他社を押えてより早くニュースとして流すというものです。

しかし調査報道というのはそれとは違い、他社が気が付かなかったものを独自の取材で明らかにして報道するというものです。

田中金脈問題(1974)、リクルート事件(1988)、旧石器発掘捏造事件(2000)などがそれに当たります。

ただし、このような調査報道スクープには時間もお金もかかりそう簡単にはいかないようです。

 

ネット時代のメディアの在り方として、市民ジャーナリストのネットワークを使うと称するものがあります。

韓国では「オーマイニュース」という組織があり常勤記者70名とチェック担当の編集者15人がいて発信しています。

日本でも日本版オーマイニュースというものが立ち上げられましたが、うまく行かず2010年頃までにはすべて退場しています。

やはり記事執筆というものの難しさがあったのではないかとしています。

 

粗悪ニュースの蔓延ということはあるのでしょうが、新聞などの退潮は紛れもなく、どんどんと経営が悪化していきます。

それで新聞自体のニュースまでもが低下していきさらに状況は悪くなっていくのでしょう。

これまでのニュースというものがどこまで信頼できたかという問題もありますが、さらにひどくなっていくのは間違いないようです。

 

 




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