大阪万博が開幕し、テレビではその紹介や運営上の問題などを報じています。
しかしそもそもの「万博の価値」を解析する観点というものはほとんど見られないようです。
昨年「万博の歴史」という本を読み、それでかなり万博というものについての考え方もしっかりとしてきたようです。
その時に読書記録も書いていますが、再掲しておきます。
著者の平野暁臣さんは、小学生の時に前回の大阪万博を見て感激し、その後も各地の万博を訪れ、さらに万博に関わる仕事をしようと志して関わり続けてきたという方ですが、その「万博の理念」というものを見ていくと万博の歴史の中で大きな変化があり、その次代の確立がまだ全くできない中での万博開催はあまり人々の関心を集めるものではなくなっていると指摘し、私もそれには深く同意したものでした。
1851年のロンドン万博で始まった万博の歴史ですが、ほぼ80年でその理念が変化しているそうです。
最初の80年は「モノで語る博覧会」すなわち世界各国の珍しい文物などを展示することが呼び物だったというものです。
それは1900年のパリ万博で最高潮でした。
それが1933年シカゴ、1939年ニューヨークの万博あたりから変化していきました。
それが「思いを伝える博覧会」であるということです。
様々な空間体験を通して思いやビジョンを伝えるというもので、これが1970年大阪万博で最高潮となったということです。
そこでは「すぐそこにある未来」を体験させることで、「まもなく訪れるより良き世界」を大衆に見せようとしていました。
しかしそれはすぐその後に輝きを失いました。
それに代わる理念というものがまだ見つけられていないようです。
そんな中でかつての光輝いていた大阪万博の夢よもう一度などとやってもそれに魅力が感じられることはないでしょう。
「現代の万博」とはどのようなものか。
それをはっきりと打ち出すことなしに従来通りで押し通したこの万博。
面白いはずもありません。