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衆議院一票の格差、高裁で軒並み合憲の判断。まあ裁判所に期待するのが間違いなんだけど。

昨年の衆議院議員選挙で1票の格差が最大2.06倍となったことで提訴された裁判で高裁判決が次々と出ていますが、どこも合憲との判断となっています。

 

2倍を越える格差はこれまでは違憲状態などという判断も出ることがありましたが、今回は選挙区決定の制度を変えた(アダムズ方式)ということで倍率に関わりなく合憲ということにしたのでしょうか。

 

それにしても、なぜ「2倍以下」なら良いのか。

衆院議員は人口比というのがそもそもの原理のはずであり、それならば限りなく1倍に近づかなければならないはずです。

2倍以下なら良しなどということは言ってはならないはずです。

 

まあ、裁判所というのは限りなく権力に近い組織でありその力の源泉である投票原理に異議を唱えることなどあるはずもなく、司法に期待するのが無理なんでしょう。

 

ただし、選挙制度というのは決め方次第であり、何が正しいのかといったことはありません。

人口当たりの議員数を同じにするということが必ずしも正義ではありません。

ただ、何を求める選挙制度であるかということは間違いなく決められ周知されなければなりません。

参議院議員の選挙区選挙で県を2つ合わせた選挙区となっていることを問題視する意見もありますが、これも「各県での代表を出す」という理念が確立していればそれに従っても良いのでしょう。

そうなれば「人口比原則」は捨てられることとなります。

アメリカの上院は各州から2人ずつ選出されますが。アメリカが合州国である以上それが整合している制度でしょう。

それに比べて日本の都道府県制はそこまでの理念があるものかどうか。

明治初年の県範囲の流動や混乱を見ればそのような解釈は無理と言えるでしょう。

 

たとえば「年齢層別議員数」なんていう制度でも悪いわけではありません。

それで年齢によって議員数を変えるということも、皆が納得すればできないわけではないでしょう。

たとえば20代は先が長いから2倍の議員、70代以上はほとんど先がないから係数が0.1とか、まあ国民がそれで良ければ悪いわけではありません。

 

しかし、決まっていることはちゃんとやらねば。

現在は衆院参院も人口比で議員数が決まることになっているはずです。

それならば議員当たりの人口は限りなく1に近づけなければならず、それを守れない制度は不当です。

 

なお、選挙の人口格差について不満を持つ人々は毎回選挙後に訴訟を起こしていますが、それがほとんど効果もないことは明らかです。

それを変えるには国会の場で議論し選挙法を改正するしかありません。

 




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