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「火付盗賊改」高橋義夫著

火付盗賊改といえばどうしてもあの鬼平犯科帳を思い出してしまいます。

池波正太郎の有名な小説シリーズで、主人公は実在の人物でその役目についていたことも事実です。

その颯爽とした姿は特にテレビドラマシリーズで描かれたものが印象的でしょう。

しかしその実態はどうなのか。

どうやらあまり小説のようなものとは言えなかったようです。

 

江戸幕府が出来上がった当初も江戸の治安は乱れたまま、凶悪な盗賊が跋扈するといった状況で、治安維持のために南北奉行所に加えて機動性にすぐれた機関を設けようということになったのですが、その結果出来上がった火付盗賊改という役はともすれば暴走することが多く人々からは批判的にみられるようなものでした。

超法規的に疑惑を持たれた人を捕らえ、拷問で無理やり自白させるといったことが頻繁となり、無実の人を罪に落とすといったことが続き、市民ばかりか幕閣の人たちからも冷たく見られたようです。

 

またその役に就く旗本たちも全くそういった役目には向かない場合も多く、任期中にほとんど賊摘発が無かったということも見られたそうです。

 

それでも長谷川平蔵はその中でも注目される業績を挙げたということは事実のようです。

ただし、彼はそのような業績という以外に非常にスタンドプレーが多く、また周囲の人たちへのアピールも多すぎるほどという人物だったようで、周囲の評価は決して高いものではなかったようです。

平蔵がのし上がるちょうどその時期は田沼意次が全盛期だった頃ですが、その時に田沼の屋敷のすぐ近くに火災が発生した時、平蔵はすぐに駆け付け田沼を安全な場所に導いただけでなく、その時に当時江戸でも随一という餅菓子の店に命じてあつらえた品物を火事見舞いに持参したそうです。

それほど上のご機嫌伺いに気を配ったような人物だったのでしょう。

 

それでも向島に作った人足寄場というのは実際に平蔵の献策により作られたものでした。

それ以前にも松平定信が老中となった初期に作られた無宿養育所というものがあったのですが、その環境は劣悪で放り込まれた人たちのほとんどが死んだというようなものでした。

それを抜本的に見直し、相当な資金も投入して作ったということで、相応の成果を挙げたようです。

 

とはいえ、平蔵の実際の盗賊改の業績というものは小説に描かれているほどではなかったようで、他の人々よりは少しマシといったものであったのでしょう。

 

私も鬼平犯科帳は好きで全巻読んだほどでしたが、この本でちょっと幻滅させられた思いもします。

 

 




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