時代劇を見ていて武士も上位の人々が着ている衣服というものは独特のものとして印象にあります。
そして時代による違いもあるように感じ、源平、鎌倉、戦国、江戸とそれぞれ描き分けられているように思います。(しっかりとしたものならば)
そういった武士の衣服の歴史というものを考証してきたという、歴史学者の佐多さんが武士の発祥である平安時代から江戸時代に至るその衣服の変遷をまとめています。
ただし、こういった服装の歴史というものは正式な歴史資料にはあまり記述されていません。
公式の衣服の規定などは残されている場合もありますが、それは宮中の公卿などのものが多く武士の場合は限られています。
ところが、日本にはその有様をしっかりと記載したものがありました。
それが絵巻と言われるものです。
実に平安時代も末期からずっと様々な絵巻というものが描かれてきました。
有名なものでは信貴山縁起絵巻、一遍上人絵伝等々、非常に数多く現存しています。
宮中の儀礼といった場面よりは、庶民や武士たちが様々な場面で活き活きと描かれています。
そしてその登場人物たちの衣服というものも、確実にその特徴をとらえたものであるはずです。
そうでなければその絵巻の描かれた時代ではリアリティがないとして評価されていないはずであり、今に残る貴重なものではそれらの描き方も正確であったことは間違いないはずです。
そういった点から、武士の衣服の歴史をたどる上でもそういった絵画資料は非常に参考になったということです。
武士の衣服として有名なものに「直垂」というものがあります。
これは「ひたたれ」と読むのですが、こう呼ばれたものはすでに10世紀頃には存在していました。
ただし、武士の衣服ではなく貴族社会でどうやら寝具として使われていたようです。
貴族社会での衣服としては常用のものとして水干というものがありました。
また狩猟用として狩衣というものもありました。
武士もこういった公家社会の衣服を少し変更しながら取り入れていったようです。
そういった常用の衣服として平安時代中期には袖細という筒状の袖を持つ衣服が使われるようになりました。
それが保元平治の乱の後に平氏が政権につき、武士が上位を占めるようになると直垂も武士の公的衣服としての地位を築きます。
鎌倉時代になると武士も政治の中心として活躍するようになり、経済的にも豊かになり衣服に絹を使うことも始まります。
この時期に大いに参考になるのが竹崎季長の描かせたと言われる蒙古襲来絵巻です。
この描写も非常に精緻であり、当時の実際の衣服や甲冑の様子を伝えています。
竹崎季長は元寇を撃退した恩賞を申請しに鎌倉に下向し安達泰盛の館を訪れるのですが、その時の描写で大きな袖の糊目の効いた完成した直垂を着用しています。
なお、安達も同様の直垂を着用していますが、その家来らしき者たちは直垂ではなく袖細を着ておりその身分の差を表しています。
室町時代には衣装の規定というものも確立しており、直垂は礼装として最上位、次いで大紋が正装、素襖が日常の衣服といった具合になっていきます。
そこから戦国時代を経て、肩衣(かたぎぬ)と言われる袖なしのものが広まり江戸時代にはそちらが高位武士の正装となるという変化になります。
武士の長い歴史の中でも衣服というものは徐々に変わりながらもある伝統を継ぎながら伝えられていったのだということが分かります。
これで時代劇の見方も少し変わるかも。