夫亡き後残された息子と二人静かに暮らしていた夏姫ですが、大きく運命が動いていきます。
田舎暮らしを支えてくれていた元家臣の老人一家が、大臣の孔寧と争いになり捕らえられ処刑されることとなります。
何とかそれを止めたいと、夏姫は別の大臣の儀行父の元に赴き、自らの身体を投げ出して老人たちの助命を頼みます。
ここでも夏姫の身体の不思議さが功を奏し、一度夏姫を抱いたらそれに心を奪われた儀行父の働きにより老人たちは放免されますが、夏姫はそのまま儀行父に囲われることとなります。
ところがそれを知った陳の君主、平国も夏姫のもとに通うこととなり、さらに孔寧も加わり、結局は君主と大臣二人が共同で夏姫をもてあそぶこととなります。
これにより夏氏が奪われていた領地や民も元に戻され、さらに別の殺された大臣の領地まで息子の夏徴舒に下されることとなりますが、徴舒はまだ少年から青年となったばかりの年ごろで、そのような母親の様子は全く受け入れられるものではありませんでした。
やがて、三人のあまりの痴態に怒った徴舒は兵を集め時期を見計らって挙兵します。
陳公平国は討ち取りますが、孔寧と儀行父は逃げ延び楚の国に逃れます。
徴舒も元は君主の血筋、そのまま即位し陳公を称します。
ところが逃れてきた陳の二人の大臣から話を聞いた楚の国王、荘王は夏姫が神の力を持つかあるいは悪霊に取りつかれているものと考えます。
もしも神の力であればこのまま陳は国力を増し続け、自国をも圧倒するかもしれない、そう危惧した荘王は今のうちに陳を討ち果たすこととします。
陳公のみを討つと称して陳兵たちの抵抗も受けず、楚軍は徴舒を捕らえ処刑しますが、これは神の力を持つかもしれない相手を徹底的に討ち果たすという残酷な車裂きというものでした。
そして夏姫は捕らえてそのまま楚の国に連れ帰ります。
荘王の考えたのは、もしも夏姫が神力を持つ者なら自らの後宮に加え、悪霊に取りつかれているなら討ち果たせばよいというものでした。
そしてそれを判断させたのが、その頃楚の国で最も知恵に優れ、さらに宗教力も身に着けていると信じられていた、申公巫臣でした。
巫臣は夏姫を見て、彼女が風の神の風伯につかれていることを見抜きますが、それ以上に巫臣は夏姫に一目ぼれしてしまったのでした。
そして巫臣は敬愛し仕えてきた荘王に対し一世一代の嘘をつきます。
夏姫には悪霊がついており、これを荘王が後宮に入れると祟られると。
さらに夏姫を狙ってきた大臣たちにもそう告げてあきらめさせます。
そこで夏姫は中級の貴族であった連尹襄老という者の後妻に入れられます。
そこからが巫臣が何とか夏姫と結ばれるための努力となります。
襄老はやはり夏姫の呪いにあったためか、鄭との戦争であえなく戦死、そしてその遺体も戻ってこないということになりました。
巫臣は楚の国の外交をも扱う立場であったため、鄭との交渉の際に他の捕虜たちの交換と共に襄老の遺体も交換に含めることとさせます。
そしてさらにその受け取りに夏姫を鄭に来させることも。
それをやり遂げて夏姫は鄭の国にかくまわれることに成功します。
あとは巫臣本人が楚を抜け出すことでしたが、これにはさらに長期間かかることとなります。
何より、敬愛する荘王が存命中はそれを裏切る真似はできなかったのですが、荘王が崩御したことにより計画が動き出します。
外交使節として派遣された巫臣は途中でそれを放棄し、鄭に向かい夏姫を連れ出して晋の国に亡命することに成功します。
晋でも高名な巫臣を迎えて喜び、刑の町を領地として与えて召し抱えることとなります。
巫臣の神力によって風の神の力からも抜け出せた夏姫はその後巫臣と共に人生を送ることとなります。
なお、その間に娘が生まれたのですが、その娘はその後晋の国で最も知性に優れたと言われた叔向に嫁ぎますが、その話は別の物語になっています。
絶世の美女にして、男を狂わせた妖女とも言われた夏姫ですが、最後は平安な生活となったようです。