感染の恐ろしさというものにはパンデミックの経験でかなり分かってきたはずですが、それでも人間は周囲にいる細菌というものについて知らないことが多いようです。
欧米にも「5秒ルール」とか「ディップソースの二度漬け」といった言葉があるようで、誰もが薄々とは気づいているのかもしれませんが、本当のところは分かっていません。
そういった、周囲の環境に居る微生物がどのように振る舞うのか、それを食品微生物学の専門家が分かりやすく解説しています。
なお、「分かりやすく」にもレベルの違いはあると思いますが、この本では非常に分かりやすくなっており、微生物実験をやったことのない人もやろうと思えばできる程度の「分かりやすさ」で書かれています。
それが微生物の取り扱いから実験器具、試薬や培地についての説明だけでなく、実験の設計から実験計画、結果の統計的処理についてまでも含まれており、微生物学者を目指す人にとっては非常に参考になるものでしょう。
そうでない人にとってはちょっと詳しすぎると思えるかもしれません。
アメリカでは外食産業が非常に盛んであり、多くの人が始終外食するようです。
そこでは食中毒発生に対して細心の注意が払われているはずですが、それでも多くの事故発生事例が報告され、さらに食中毒の場合は軽症の場合は届け出ないこともあるために実際にはその数倍から数十倍の発生件数があるはずです。
それはなぜなのか。
客もそうですが、従業員や経営者も細菌汚染についての知識が十分とは言えないのかもしれません。
そんなわけで、本書では食品と微生物に関する話題を取り上げ、それについての実験の実例を事細かに示し、結果を出しています。
取り上げている事例としては「5秒ルール」(食品を落としても5秒以内に拾えばOKという例のやつ)、「レストランのメニュー表に付着している細菌」、「ケーキのロウソクに息を吹きかける」「ハンドドライヤーで細菌拡散」「ドリンクに入れる氷やレモンの汚染」「一緒に食べている友人に”味見させてもらう”」「映画館でポップコーンを分けあう」「ディップソースの二度漬け」(日本でも串揚げであったような)といったものです。
まあ、いずれの場合も細菌が多数付着しており、それを食べると危険な場合もあるという結論になってしまいます。
実験の解説は非常に詳細になっています。
私もこういった実験はかつて嫌と言うほどやりましたが、そういう人間だと見逃してもらうような専門用語の解説も事細かにされており、初学者にも分かりやすいと言えば分かりやすいようになっています。
たとえば、「ペプトン水」では”ペプトンはタンパク質を加水分解したもので微生物の栄養源として適している”という説明がつきますし、「懸濁」には”液体中に固体の微粒子が分散した状態のこと”と説明されています。
たしかに知らない人にはこの程度に詳しく書かなければならないのかと気づかされます。
細菌を塗布する対象には、タイル片(アメリカン・オレアン社のセラミック・タイル)、カーペット片(ローズで販売されていた手織りカーペットST103Stratos)、木片(ブルース社のポリウレタン塗装硬質床材)を使うといった具合で、まさに学術論文を書く場合の実験手法の欄の書き方(つまりその実験を再試しようとしたら可能となるような)が踏襲されています。
中でも懐かしく感じたのが、培養培地として使われていた「1000pmナリジクス酸含有トリプチックソイ寒天平板培地(ディフコ社製)」でした。
ディフコ社というのは微生物培養関係で多くの製品を作っているメーカーでかつては大変お世話になりました。
まあ、特に食品製造の場合や飲食店、飲食する客など、注意すべきことがたくさんあるということでしょう。
しかし、周囲の環境に多くの微生物がいるのは当然の話であり、その中に食中毒菌や病原菌がいる場合は問題となりますが、たいていはそうではありません。
特に口に入れる寸前の物については十分に注意し、危険な行動(二度漬けなど?)はしない方が良いのでしょうが、それでもあまり神経質になるのもどうでしょう。
日本では最近はテレビCMでも「菌が、菌が」の大合唱になっています。
それもちょっとどうかと思うのですが。