著者の有馬さんは臨済宗相国寺派管長にして鹿苑寺、慈照寺の住職も兼任という方です。
相国寺を始め旧刹には代々受け継がれてきた書画や茶器などの一級品があり、そういったものを見ることで磨かれた真贋判定の能力もかなり高いものだそうです。
とはいえ、この本ではそういった真贋判定力を解説するというよりは、それにまつわる禅宗や禅の修行などについて、いろいろな方面から語るエッセーという雰囲気の強いものとなっています。
いろいろな情報が溢れている現代ですが、それがかえって災いし「ものの真贋」というものの判定ができないようになっているのでしょう。
そして、それを越えるためにはやはり実際の「体験」が必要となります。
「いくら本を読んでも真贋は見極められない」そうですから、「ネット情報だけに頼っていてはさらに難しい」のも当然のようです。
ただし、ここから茶の湯の話に入っていくとさらに難しくなっていきます。
茶の湯はその最初の頃から禅と深く関わっており、千利休も禅の修行の方が専門でそこから茶道を作り上げていったのだとか。
したがって、茶器の真贋といったものも禅の境地を極めれば容易に判定できるようです。
超一流の芸術家が古典を模して作品を作り上げることがあります。
それ自体は贋作とは言えないのですが、それを元の作だと称して売ると贋作になります。
ならば真贋の差とは何なのか。
それも含めて判断するには精神力が必要なようです。
令和改元についても一言述べられていました。
令和という言葉の出典は万葉集だということは有名でしょうが、その作者大伴旅人がその文章に込めた思いは「権力者の横暴を許せず忘れることもできない」というものでした。
藤原一族によって大宰府に左遷された旅人の気持ちが込められているというものです。
とても元号にふさわしい由来とも思えません。
さらにこの梅花歌の序というものは、多くの漢詩文を元に成り立っているものであり、とても安倍が偉そうに言っていた「日本の古典を典拠とした画期的なもの」などとは言えないものだということです。
著者が修行した相国寺に関連の深い画家・絵師には多くの人がいます。
前三者は相国寺に籍を置いて絵を描く禅僧、すなわち画僧という立場でした。
彼らは修行得道のために画業に専念し素晴らしい作品を残したのでした。
伊藤若冲は京都の青物問屋の長男と生まれ家業は弟に譲り生涯絵を描くことに専念したのですが、相国寺とは深い因縁があったようです。
仏道修行の師であったのが相国寺の大典禅師、そして若冲という居士号を与えたのも大典でした。
なお、著者の有馬さんは久留米藩主有馬家の子孫にあたり、競馬の有馬記念とも関係があるそうです。