伊尹とは中国古代の商(殷)王朝の創始時の功臣で王朝初期の宰相であったという伝説の人物です。
史記を始め多くの書物にその伝記が引用されていますが、実際のところはどうであったのか、実在したかどうかも不明です。
そこを宮城谷さんは想像を働かせ魅力的な人物を描いていきます。
伊尹は桑の老木から生まれたという伝説があるようですが、そこはあり得るような解釈をして、「大洪水があった時母親が桑の老木の穴に我が子を隠した」とし、その桑の木が洪水で流されて無事に下流で助けられたこととしています。
その場所が有𨐌国、助けたのは公女でした。
当時、桑は神木と考えられており、そこから生まれた子どもというのは神の使いとも見なされるものでした。
しかし𨐌公はその子どもを育てると神の救いが得られるかもしれないとは思ったものの、料理番の夫婦に育てさせることとし、摯と名付けます。
摯は料理人として成長しますが、やがてとんでもない神業を発揮します。
それが牛一頭を包丁一つで解体するというものでした。
牛は神への生贄として最上のものでありそれを扱うことができるのも神の使いという証でした。
そして𨐌公がそれを夏王朝の王に告げたことにより摯も王朝に仕えさせることとなります。
ところが王朝の料理人の下っ端として働きだした摯が夏王の跡継ぎ、桀が女を襲おうとしたところに出くわし、それを阻もうとしたために桀に執念深く命を狙われることとなります。
そのような緊張状態の中、有𨐌国の料理人だった養父が亡くなり、その葬儀と服喪のために国に帰ることとなるのですが、ちょうどその時その𨐌のすぐ近くにあった葛国を商国が襲い滅ぼすということが起きます。
実は葛国はその地方の統括を夏王朝より任されており、商国もその配下だったのですが、葛公はあまりにも私欲が強く、配下からの収奪が激しすぎたために商は立ち上がったのでした。
しかし夏王朝からすれば反逆に外ならず、その知らせを聞いた王朝は商討伐の軍を起こします。
ところが𨐌国に悪意を持つものが夏王に告げ口し、𨐌も商に味方していると王朝に信じさせました。
そのため、すでに東南に逃げ去った商を討つ代わりに𨐌を討つことになっていました。
それを感づいた摯は𨐌公に説き夏王に申し開きをすることとなります。
そのために夏王に捧げられたのが𨐌公の公女妹喜と財宝でした。
夏王桀は無類の女好きということを熟知していた摯の策は当たり、妹喜を連れ帰って𨐌の罪は問わないということで事は済みました。
妹喜を寵姫とした夏王桀は政治をおろそかにし夏王朝は衰退を始めます。
一方、東南方に逃れた商は湯王の統率力を活かし多くの異民族を従え徐々に力を蓄えます。
そしていよいよ夏王朝に襲い掛かろうとします。
その時には摯はまだ商に仕えることもなく、野に一人暮らしていました。
そこからの活躍は下巻でのことになります。