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「ダルタニャン物語6 将軍と二つの影」アレクサンドル・デュマ著

ダルタニャン物語は第6巻より第三部「ブラジュロンヌ子爵」に入ります。

ブラジュロンヌ子爵とは、第二部ですでに登場しているアトスの息子のラウルで、第三部では彼が主人公となるのですが、それでもこの第6巻ではまださほど出番はなく、アトスとダルタニャンが主要な役目を果たします。

 

舞台は前作終了時より10年後、ダルタニャンは相変わらず銃士隊副隊長として国王や枢機官の警護の任務にあたっています。(前作最後に銃士隊長に昇格したはずなのですが、それは”マザランの空手形だった”ということです)

他の3人の友人たちはそれぞれどこかで活躍中。

 

国王ルイ14世は青年となっていますが、まだまだマザランに統治の実権を握られ何もできない状態です。

 

そのようなルイ14世のもとにイギリスの国王継承者チャールズ2世がやってきます。

彼は母がフランス王家出身ということで、ルイ14世の従兄なのです。

イギリスはチャールズ1世の処刑以降、クロムウェルが統治していたのですが、彼も亡くなりその後は実力者たちの権力争いが激化していました。

その中、チャールズ1世もその争いに翻弄され、さらに何も財産が無くなり困窮します。

フランス王に依頼したいのは「百万リーブルの金、または200人の貴族」を貸してもらいたいというものでした。

それだけあればイギリスに上陸し支持者を集めて王位に復する自信があると。

なお、この国王たちの会見はルイ14世旅先のブロワ城で行われたので、警護もダルタニャンただ一人でした。

そのため隣室でダルタニャンはすべてを聞いてしまったのでした。

ルイ14世は自分ではそれを決することができず、マザランにお伺いを立てるのですが、あっさりと断られます。

そしてチャールズは失意の中パリに向かうのでした。

 

ダルタニャンはそれを見聞きし、放っては置けず国王に辞意を告げて自由の身となります。

そこからの計画はダルタニャンの得意の策謀をめぐらすこととなります。

 

しかしチャールズがブロワ城から出てわずか進んだところで、チャールズの従僕パリーが偶然古い顔なじみを見つけます。

それがアトスの従僕グリモーで、あのチャールズ1世処刑の時にはパリーとしばらく一緒にいたものでした。

そのためアトスも必ず近くにいると確信したパリーはチャールズ2世をアトスに引き合わせます。

そこでアトスは父王処刑の際にその処刑台のすぐ下に潜んでいたこと、そして父王が遺言としてアトスだけにニューカッスル修道院に100万の金を隠していたことを託されたことを話します。

その金を探し出し、使うのは今だと決意します。

 

その当時、イギリスの情勢は諸勢力が分立といってもモンク将軍が一番手、その次にランバート将軍が続くといった状況でした。

最後の勝負をかけてモンクとランバートニューカッスル付近で対峙していました。

 

そこに現れたのがダルタニャン率いる漁師に扮した一群で、モンク陣営に入り込みます。

さらにアトスも全く別にモンクに面会を求めます。

そして警戒するモンクに対して誠心誠意説明し、モンク陣のすぐそばの埋蔵金隠し場所に赴き、100万ポンドの金を手に入れます。

しかし、モンクはその後隙を見たダルタニャン一味に拉致され、木箱に幽閉されてオランダにいるチャールズ2世のもとに連れていかれます。

ダルタニャンはモンクを直接チャールズ2世に会わせ、話をさせることでモンクに国王復位を飲ませようとしたのでした。

しかしチャールズはモンクを見るなりそのような目論見には全く関与していないとしてイギリスに送り返すことを命令します。

その潔さに感じ入ったモンクはそれで国王復権を決意します。

 

イギリスにもどった時には対峙していたランバート軍は既に逃亡兵続出で自滅、モンクの勝利は確定していました。

そこからロンドンに凱旋したモンクはすぐさま国王を呼び返し復位させることを実施します。

その功績者?アトスとダルタニャンに対する褒章も忘れず、スペイン王から貰った精霊勲章を授け、ダルタニャンには30万ポンドの金貨を授けます。

さらにアトスにはフランス国王への使節としてイギリス国王復位の報告と妹のアンリエット姫をフランス国王の王弟に嫁がせたいという申し入れをさせます。

 

それを告げにアトスがフランス宮廷に入ったその時、マザランは臨終間際でした。

そしてその後を部下のコルベールに託すようにルイ14世に言い残して事切れます。

 

印象的な場面ですが、最後のマザラン臨終のシーンでした。

「陛下にひとつだけご忠告もうしあげたいことがございます。陛下、今後は決して宰相をお用いになりませぬよう」

リシュリューマザランと続いた枢機官にして宰相という時代の弊害を知り尽くしていたマザランならではの忠告だったのでしょう。

 

 

 




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