高橋源一郎さんの本を読んでいたら、高橋さんは子どもの頃から何度も転居を繰り返し30か所以上に住んでいたのですが、そのうち現在も残っているのはわずかだということが書かれていました。
勝手な思いかもしれませんが、昔の記憶の中にある住居というものが無いというのは寂しさもあるということです。
そういえば、私も生まれてから何度も転居しており、高橋さんほどではないけれど多くの家に住んできました。
そういった家々で現在残っているのは何か所あるのか、もちろん遠方まで行くわけにもいかないですが、ストリートビューで見てみました。
生まれた家(埼玉県さいたま市)、幼児期(名古屋市千種区城山、大久手)、小学校(福岡市)、(東京都三鷹市)ここまで5か所、すべて現存せず。
親が建てた家(茅ヶ崎市)、就職して暮らした独身寮(熊本県八代市)、2か所、現存せず。
結婚して住んだ木造アパート(八代市)これがなんと現存。もう40年以上になります。
転勤し住んだ社宅(神奈川県藤沢市)現存せず。
転勤して住んだ鉄筋アパート(前橋市)これもなんと現存。
ようやく経てた自宅(八代市)今でも住んでいます。現存。
単身赴任した独身者寮(川崎市)現存せず。
単身赴任した木造アパート(石川県野々市市)現存。
このように14か所に住んだことがありますが、そのうち4か所がまだ存在しています。
特に新婚当初に住んだ八代市のアパートや、子どもが産まれてすぐに住んだ前橋市のアパートはもう相当な年代物になっていますが、まだあるというのは驚きです。
一方、無くなってしまった住宅周辺というのは、今となっては面影もないところもあり、比較的周辺はそのままというところもあり、様々です。
やはり都会に近いところは完全に変わってしまっています。
実は浦和、三鷹にはその後訪れたことがあるのですが、家のあった場所すら不確かになっていました。
茅ヶ崎の実家周辺も昔の面影はほとんどありません。
町の風景は徐々に変わっていくのが当然かもしれませんが、それを寂しく思う老人も徐々に居なくなっていくのでしょう。