人間の平均寿命というものを計算することを始めたのは、1660年代にイギリスの小間物商のジョン・グラントが趣味でロンドンの死亡報告を入念に調べてその結果を小冊子にして発表したことから始まります。
その当時の平均寿命はわずか35歳でした。
それが現在のイギリス人のそれは50年以上長くなっています。
その延長を可能としたのは何だったのか。
冒頭と結論にその一覧表が掲載されています。
(数百万の命を救ったイノベーション)
エイズ・カクテル療法、麻酔、血管形成術、抗マラリア薬、心肺蘇生法、インシュリン、腎臓人工透析、経口補水療法、ペースメーカー、放射線医学、冷蔵、シートベルト
(数億の命を救ったイノベーション)
抗生物質、ニ又針、輸血、塩素消毒、低温殺菌
(数十億の命を救ったイノベーション)
化学肥料、トイレ・下水道、ワクチン
抗生物質より化学肥料やトイレが上位になるというのは少し意外かもしれません。
昔の平均寿命が低いのは皆がその年齢になるとバタバタと死んだわけではなく、乳幼児の死亡率が非常に高かったのが原因でした。
実に半分以上が幼い頃に亡くなっていました。
それを乗り切ると長生きする人もいたわけです。
特に幼児が罹患しやすく死亡率も高かったのが天然痘でした。
それは種痘という療法で劇的に予防できるようになり、その発明にはジェンナーという名が広く知られています。
しかしその開発には多くの人々が関り、決して一人の功績というわけではありません。
ジェンナーは人間の天然痘、人痘と類似した牛の牛痘を用いましたが、それ以前に人痘の膿を少量接種するということが東洋や中東で行われていました。
それをイギリス貴族の女性メアリー・モンタギューがオスマン帝国に滞在中に見聞きし、帰国後に実行したそうです。
劇的な効果はあったのですが、その接種による罹患者がかなりの数(2%)に上ったために種痘法確立者としては認められていないようです。
19世紀になってもロンドンではコレラが猛威をふるっていました。
当時の医療知識ではその原因も掴めず、空気感染しているなどといった説が医者にも支持されていました。
しかしそうではなく飲料水が汚染されているからだということを発見したことが現代の疫学につながっているというのは有名な話です。
それを見つけ出したジョン・スノウはある井戸の水を供給されているところにコレラ患者が集団発生していることを見つけ出し、その井戸のポンプを取り外させました。
しかしその数年後、ウィリアム・ファーは死亡と死因を地理的に整理するということを行いそれが疫学の確立に直接つながったと考えられます。
同じころ、アメリカのニューヨークでは人口増加と女性の就業者増加で乳児の授乳が困難となり牛乳の消費が増えました。
しかし当時はまだ冷却技術が未然で長距離輸送が不可能だったので、ニューヨーク市内でウイスキー製造業者の出す廃棄物を餌として牛を育てて酪農するということを始めました。
その生育環境は劣悪で牛乳も汚染されており、それを飲んだ人々、特に乳幼児が多数死亡しました。
それをパスツールの発見した低温殺菌法で有効に殺菌するということが広まるまではかなりの時間がかかりました。
環境の浄化で先進国では徐々にコレラなどの発生は減少していきました。
さらに医療の進歩でコレラ罹患時には点滴を施すことで死亡率を下げるということも分かってきました。
しかし途上国では相変わらずコレラ発生が頻繁であり、しかもそれらの国の医療では点滴を行うこともほとんど不可能でした。
その対策を考えたのもインドの医師でチャタージーという人物で1953年のことでした。
彼は点滴などに頼らず、砂糖と塩を煮沸した水に溶かして飲ませるだけ、これが経口補水療法でした。
これでコレラ罹患時の死亡率を劇的に下げることができました。
他にも、二重盲検比較試験の確立について、抗生物質の発見とその大量生産について、シートベルトの開発(アメリカ自動車産業の妨害も)、化学肥料の生産と食糧供給についてなど、多くの事例について説明されています。
多くの人々の発明と努力でこのように人間の死亡率を下げることができ、それで平均寿命が延びました。
今後も延びていくのかどうか。
それは難しいのかもしれません。