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「偏見や差別はなぜ起こる?」北村英哉、唐沢穣編

偏見や差別といったものは、社会の中で無くなることはなくあちこちに顔を出します。

それはいけないことだと思っている人にもその種は心の奥底に潜んでいるということは普通です。

その原因や対策についての研究ということは様々な方向から行われてきました。

この本はそれを社会心理学の立場から解き明かそうというもので、多くの研究者がそれぞれの専門分野について解説していきます。

 

第1部は偏見と差別の仕組みと題し、その特性を明かしていきます。

ステレオタイプと社会的アイデンティティ、公正とシステム正当化、政治性、集団的情動、偏見の低減と解消といったテーマで書かれています。

 

第2部では偏見と差別の実態解析として、様々な偏見差別の現場の解説です。

人種・民族、移民、障害、ジェンダーセクシュアリティー、リスク・原発、高齢者、犯罪と分けています。

人種・民族やジェンダーなどは良く知られているものでしょうが、リスク・原発と出されるとどっきりとするかもしれません。

しかし、福島原発の後の福島からの避難者に対する差別偏見というものは確実に存在していましたし、その心理学的な要因というものも明らかにされています。

「犯罪」というのも分かりにくいかもしれませんが、犯罪加害者で刑を勤めたにも関わらず差別されるという事例はよく報道されますし、犯罪被害者が批判を受けるといったことすら珍しいことではありません。

 

政治的イデオロギーが偏見差別と関わるということも研究されています。

アメリカなどのようにリベラルと保守主義とが対立しているような状況では、保守主義者は「変化に対する抵抗」とともに「不平等の容認」というものを必ずのように併せ持っています。

このことから保守主義者が偏見差別に囚われやすいともいえるのですが、リベラルが偏見とは無関係とも言えないようです。

日本ではこのような政治イデオロギーの対立というものが不明確で、それと偏見差別との関連も簡単には分かりにくいものとなっていますが、何か関係はあるのでしょう。

 

福島原発事故以降、福島県などからの避難者に対する偏見や差別、いじめが問題化しましたが、これは放射能汚染というものに対する知識が欠けていたという加害者側の問題点が大きいものの、実は昔からある「罹患回避」という心理的な志向と同じものだそうです。

よそからやってきた外来者は感染症を持ち込む危険性も多く、それを警戒し忌避する感覚は強いものでした。

目で見て分かるような病人だけでなく、一見健康そうに見えても病気を隠し持っているという事例はいくらでもあったはずです。

放射能も知識の欠けた人から見ればそのような病原体と感じられ、避難者を避けたりする行動につながったということです。

 

高齢者に対する偏見差別というのは、もう他人事ではなくなりました。

高齢者を差別することをエイジズムと言うのですが、レイシズム、セクシズムと共に第三の「イズム」と捉えるべきだという学者もいるそうです。

もちろん高齢者も千差万別なのですが、そこにステレオタイプの入り込む余地があります。

ただし、高齢者自身の意識として「自分は他の年寄とは違う」と感じている人が多いというのは、自分でもよく分かります。

それもエイジズムの一つの現れなのでしょう。

 

自分自身ではなるべく偏見は持たないようにと思ってはいますが、それでも気が付くとそう感じているということはよくあります。

やはり完全に無縁とはなれないのでしょうが、それも生物学的には仕方ないことのように思います。

 

  • ちとせプレス

 




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