LGBTQなどと言う掛け声は大きくなりましたが、実際にこういった「マジョリティである異性愛者」以外の人々が社会から受け取る視線は違ってきたのでしょうか。
本書は2010年の出版で、「性的マイノリティを認める企業はほとんどない」状態でしたが、さすがに最近は形の上だけは制度上受け入れているように見える企業は出てきているようです。
しかしそれで誰もが偏見なしに付き合い、仕事をしているという状況かどうかはかなり疑問です。
日本では本格的に同性愛者の権利主張が始まる前にエイズ・パニックというものが来襲しましたので、その衝撃と影響が大きすぎました。
日本の一号患者は1985年に確認、ただし在米の芸術家男性で同性愛者、一時帰国してい時に判明したというものでした。
その後も日本在住であっても外国人の同性愛者などが判明、日本でも発生していることが明らかになったものの、まだ男性同性愛者に限られているという安心感は保たれました。
しかしそれもその後すぐに日本人女性異性愛者などが続出することになるのですが。
公共施設での嫌がらせが法廷での裁判となった事例もありました。
1990年2月に同性愛者団体が都立府中青年の家で勉強会合宿を行いました。
他の団体も同時に合宿していたため、代表者が自己紹介をするのですが、そこで正直に名乗るかどうか迷った挙句正直に言ってしまいました。
するとすぐに他の団体のメンバーから嫌がらせを受けることとなります。
それに対して青年の家関係者や他の団体代表に抗議の申しいれはしました。
ところが、当日不在だった青年の家所長との同性愛者団体との話し合いがもたれたのですが、そこで所長の回答は「今後の利用はお断りしたい」というものでした。
他からの嫌がらせが発生したからといって、その団体の「利用を断る」などと言うことはあってはならないことですが、それがまだ通るかのような時勢でした。
この裁判は結局同性愛団体側の勝訴となるのですが、同性愛というものを人権という観点からとらえるということでも日本で初めての事例だったと言えます。
キリスト教国では同性愛を宗教的な理由から異端視する伝統があり、近い過去までは法的にも禁じられるということもありました。
それに対し、日本では中世から近世にかけてほぼ公然と男性同士の性行為が横行し、特に武士社会、寺などの宗教界では大きな意味を持ちました。
ただし、そのほとんどは「年上の権力者」と「若年者」とのものであり、「同性愛」とも言えるかどうか分からないようなものと言えます。
当時も女性同士の同性愛というものは全く見向きもされない状況であり、実際にも無かったようです。
結局、明治になり西欧社会と触れ合う中でそういった風習は完全に根絶され、意識の中からも消え去りました。
最近になり、自分が同性愛者であることを公表するということも起き、近くにそういった人々がいるという状況もそれほど特別なことではなくなりました。
友人の誰かがそうだという人も相当増えているのかもしれません。
しかし、友人知人であれば受け入れている人でも「自分の家族」がそうなったらということは大問題となるでしょう。
自分の息子や娘からそう告白されて、平静でいられる親はまずいないでしょう。
子どもの同性愛よりは経済的に結婚しない・できないために子孫が残らない事態の方がはるかに多いはずですが、それでも同性愛発覚で完全に子孫を残す望みが断たれるというのはショックです。
ただし、「同性愛者が生きやすい社会」というのは「異性愛者も生きやすい」に違いないということも間違いないのでしょう。
同性愛者を攻撃するばかりの異性愛者だらけの社会は他の異性愛者にとっても不愉快で不安定な社会なのでしょう。
そう思って理解を深めるしかないのでしょう。