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「ミラノ ヴィスコンティ家の物語」マリア・ベロンテ著

ヴィスコンティというとイタリアの映画監督のルキノ・ヴィスコンティしか思い出しませんが、14・5世紀にミラノで専制的な権力を握ったのがヴィスコンティ家だったそうです。

当時はドイツなどに本拠を置く神聖ローマ帝国の皇帝と、ローマ教皇がイタリアの地で激しく対立していた時期であり、イタリアの諸都市もそれぞれ争っていました。

ミラノはイタリア北部のロンバルディア平原を治め、周囲のヴェネチィア、ジェノヴァフィレンツェなどと覇権を争っていたのですが、地理的条件からか皇帝側に立っていたようです。

 

13世紀にオットーネがミラノ大司教を経由してミラノの権力を奪いました。その後マテオ、ガレアッツォなどを経て、名前も映画監督と同じルキノもシニョーレの座に着きます。

14世紀末のジャンガレアッツォが専制的な権力を握ったのですが、その死後はヴィスコンティ家の権力も瓦解し、結局は最後のミラノ公のフィリッポ・マリアの娘のビアンカ・マリアがフランチェスコスフォルツァに嫁し、そのままスフォルツァ家にミラノ公の座が移ってしまったそうです。

そこまでのヴィスコンティ家の盛衰を描いたものが本書でした。

 

まあ、日本で言えば室町時代の戦国ですので血なまぐさい出来事もあってもおかしくないのですが、それの連続でした。また、マキャベリも近い時代ですがそれを彷彿とさせる権謀術策、まさに戦国時代です。

 

また、ペトラルカやボッカチオなどの文化人も色濃く参加してきます。彼らもやはり時代から超然とするわけにも行かなかったのでしょう。

 

塩野七生さんの本でローマやヴェネツィアの話はいろいろと読みましたが、ミラノというのは盲点でした。知らなかったことがいろいろありました。イタリアの中でも都市により、地方により相当な違いがあるようです。料理の違いばかりではないのかも。




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