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薬を飲みながら滅亡を待つな

どうやら日本は滅亡しなかったらしい。どっかの予言家が7月5日に津波が来るとかなんとか言ったことが、まあまあ話題になってみんなが寄ってたかって滅亡にかける想いをSNSに嬉々として述べている数日間だった。
私は大きな災害に対して恐怖心があるものの、「これでほんまに滅亡したら結構おもろいな」と何回か思ったりした。どこかでみんなこの世に対する不満感を抱いていて、「ここではないどこかに行きたい」と常に思っている。非現実に対する熱望がある。なんの根拠もない「日本滅亡」「地球滅亡」というイメージに対して、インターネット全体が不思議な高揚感につつまれていた日々だった。

今年の2月くらいにかなりしっかりと体調を崩し、メンタルクリニックに行って抗不安薬をもらってから、たまに飲んでいる。元々繊細で、一つ一つのことに執着心を持ち過ぎてしまう方だ。それでも文章を書いたりすることで向き合って、なんやかんや前向きに生きてきたと思っている。自分でもこんなに体調を崩したのは初めてという感じだった。
体調を崩した直接の原因を書くつもりはないけど、ものすごく抽象化させると自分の悪い所と向き合いまくることになった結果、という感じだった。
抗不安薬を初めて飲んだ時の感想は、「薬こわ!すご!」だった。なんというか、ものすごくポワポワ〜とする。憂鬱に襲われている時の感覚が、「はっきりとした不安や後悔が大量に襲ってくる感じ」だとすると、抗不安薬はそれらの輪郭が見えなくなり、今起きている感覚のみに神経が集中するという感じだ。わかりやすくいうと「あ〜〜なんかいろいろあるっぽいけど、超眠いからもうどうでもいい。後にしてクレメンス。」みたいな感じになる。強い薬しか効かなくて困っているという友人の話も聞いていたので、薬がちゃんと効いてて何よりじゃんと思ったのだが、自分の脳にしっかり作用してるのが伝わってなんというか怖かった。私の心身の程度を見た医者が、「しんどい時には飲んだらいいけど、深呼吸をして気持ちが落ち着くようなら飲まない方がいい」と言っていたので、依存しないようにするために、極力飲まないようにしている。

4月、体調がどうにも良くならなかったりで、漢方に行ったりもした。血圧を計られたり、舌の色を見られたりして、自分の状態を「気虚」がどうとかって言葉で説明されて、前のめりになりながら聞いて、気付いたら2万円分くらいの漢方買ってた。「この量を飲まないと効かないから」という理由で普通より倍の量を処方しているのもあって、その値段になるらしい。冷静に考えても高すぎるのだが、その時の私は自分の身体の悪さを言語化してもらえたのが妙に嬉しくて、立っている場所が実感できた気がして、少し涙がでた。嬉々として漢方屋さんで言われた言葉を反芻して、家に帰ってから興奮気味に仲の良い人に話してたら「お前のそれは合法のやつか!?」と心配された。1ヶ月くらい朝昼晩ちゃんと飲んでいたが、風邪を引いたタイミングであんまり飲まなくなってしまった。

元気になったり元気にならなかったりしながら、先週めまいで起き上がれなくなって仕事を休んだ。吐き気が辛うじて止まったタイミングで行った家の近所の内科の対応があまりよくなかった。
年配の看護師に最近どこか悪くした?と聞かれて直近で体調が良くなかったので漢方に行ったと言うと、「漢方って・・・なんで体調悪くて漢方屋に行ってるの笑」と鼻で笑われてしまった。隣の部屋で看護師が医者に私の病状を伝えるついでに、漢方屋さんに行ったことを揶揄する文脈で伝えているのが分かった。点滴を受けながら、自分でも分からないくらい悔しくて涙が出た。頑張ろうとしても、調子が良くならないこと。それを良くしようとちゃんともがいていること。誰かに自分のいる位置を認めてもらえたような気がして嬉しかったこと。自分の経験を小さく見積もられたみたいな、そんな気がして、腹がたった。家に帰って寝る前に「いや、そんな悔しがるんなら、漢方ちゃんと毎日飲まんかい」と自分にツッコミも入れた。

次の日、今度は耳鼻科に行ってめまいがあることを伝えると、そこの看護師は私の荷物を持って一緒に診察室まで移動してくれた。検査の結果、一過性のものかもしれないがメニエール病の症状っぽいということが分かった。よく考えたら3月くらいにも耳詰まりを感じて耳鼻科に行ったりしたので、そうかもしれないなと思った。頓服の吐き気止めだけくれた内科と違って、4種類の薬が一週間分出された。漢方屋に行った時は、自分の不調を言語化してもらったことに浮き足立ったのだが、今回はシンプルに疲れてしまい、「健康になりたい」という感情以外生まれなかった。喫茶店で病気自慢をするジジイにはまだまだなれないと思った。

7月5日土曜日。耳鼻科でもらった薬をジャラジャラと飲みながら、日本の滅亡をまっていた。
体調を崩してから嫌なことがあると、自分を守る為のセーフティネットとして「まあ最悪死ねばいいか」と思うようになった。それはあまり実感を伴っているものではなく、自分の中ではポジティブな文脈の中にいるのだが、あまり理解されないような気もしている。
でも、そんなふうに自分から死の匂いを嗅ぎに行く一方で、鞄からは、色んな色の薬がジャラジャラと出てくる。「健康になりたい」と強く願っている。

当たり前みたいな顔をして、いつの間にか日付が変わっていた。滅亡しなかった。眠れなくて絶望に足を絡めとられて、「なんで滅亡しなかったんだ」と本気で思ったりした。次の時間を過ごしているインターネットに、置いていかれた気持ちになった。もう少し長く終末観に浸っていたかった。
次の日、ゆっくりと起きるとびっくりするくらいスッキリした朝だった。何がしんどかったのか忘れて、パン屋で買ったパンを食べながら『夜は短し歩けよ乙女』を観た。黒髪の乙女が「あなたは孤独ではありません」と説いていた。見終わった後には、昨日何が辛かったのかもう忘れていた。あと、食後に薬を飲むのも忘れていた。

世界は続いていく。
生きていくということは、波を繰り返すということで、みんな当たり前にこれをやっているのだと思う。ちょっと探したいものがあって、ツイッターで自分のIDと「人生」を入れて検索したら、何年も前からずっと同じようなことばかり言っていて、何も変わってないなと笑ってしまった。

「人生、『もうダメですアー閉店ガラガラ』になってから『やっぱりもう少しやれそうな気がして来たのでもう一回開けてみますね』の繰り返しなので、人生、もうダメですになった時に『閉店ガラガラ』をいかにデカい声でテンポ良く言うかが勝負な気がしてきた」

と4年前の私がツイートしている。
4年前に何があったかなんて一切覚えていない。
今一切覚えていないことで、4年前の私は閉店ガラガラになっている。この先の私が思い出せないような、ありふれた地獄がまた繰り返される。明日も誰かが世界の終わりを期待している。誰かが飲まなかった薬がある。生を選択する。何かが良くなることを期待してスキンケアをしてから、眠る。眠ることを夢見る。横にいる誰かを愛している。生きていく。




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