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酩酊記2024

今年もなんの捻りもなく1年が終わろうとしている。大晦日。ブログの更新をこれだけは続けていこうと決めて始めた酩酊記も今年で5回目になる。この大晦日の酩酊記だけを集めて本を作ったら面白いかもなと思う。続けよう。性懲りもなく。

激動の1年だった。転勤してから1年経ち、去年とは打って変わって大きな役割を任されるようになり、残業しても終わらない分を当たり前のように土日にやっていた。でも人間関係もどんどん良くなって、仕事が忙しくなるにつれて居心地の良さもどんどん増していった。これぞ!と言った感じのブラック企業のあるべき姿だ。


そんな日々の忙しさの中でしれーっと大きな出来事があった。

たぶん結婚するんだろうなと思っていた彼氏と別れた。(彼氏の存在も、別れたことも、ピリきゅうのSNSでは一切出してなかったのだけど、大晦日にわざわざこんなもん見る人は相当な物好きなので良いことにする)

まあ当然だけど、大きな大きな出来事だった。

勢いでいかないと無理だと思って、仕事が一番忙しかった時期に別れたい意志を告げて、その一週間後には次住む家を契約し、その2週間後には出ていった。


何度も何度も、自分が立っている位置を見失いかけるような日々だった。同棲していた家を出て、ひとりで暮らす家に帰ってベッドに座り、「なにしてるんだろうな」と何回か思った。

別れた後2回ご飯を食べに行った。2回目のご飯で、もう一度丁寧に別れるに至った気持ちの経緯を説明したら、ようやく分かったようなことを言っていた。

「知らない人とこの○年間付き合ってたのかと思った」

ぽつりと言われたその言葉がやけに頭に残った。そりゃそうだろうなと思ったし、私も自分のことを知らない人だと思う瞬間があった。


30年生きても、自分のことはよく分からない。周りから評される自分と、内に閉じこもってあーだこーだ考える自分と、誰かに依存していないと立ってられないような自分と、色んな自分がいて、誰かの言葉で目で見て触れる形に形作られてここに座っている。

あの家で過ごしていた自分と今の自分では、当然「知らない私」になっているわけなのだけど、それでも自分にとって絶対に逃したくない必要な縁があって、変わりたいと思えるきっかけがあって、今があるので、掴み取った今のこの私を、「これで正解だった」と私だけは言えるように、前を向いて生きていくしかないと思っている。


そんなこんなで、今年は生活をしていくことや、自分を形作るのに必死で、なんの創作活動もできなかった。でも不思議といつもより焦燥感がなかった。これが俗に言う「オッサン」になっていくことなのかなと思った。日々を送るだけの生活そのものを受けいれるということ。迫ってくる何者かに対して抗おうとしないこと。そうなってしまうことに、ずっと怯えて私は物を書き続けていたのだけど、いつの間にか自然とオッサンに片足一歩入れているみたいだ。そしてそれが、不思議と嫌じゃなかったことを、それも「私」として受け入れたいと思う。


あと、今年覚えておきたいことを2つ。


今年の初めにとても仲良かった友人が自死を選んだ。(正確に言うと去年の年末に)

それもあって今年のはじめはしばらく体調を崩していた。仕事もやる気が出なかったし、しばらく何も書けないなと思っていた。それでもなるべく外に出て、好きなものや好きな人と会いに行こうとして、自分の輪郭を取り戻して行き、5月にはだいぶ生き生きと働けるようになった。

8月に友人の母親から連絡があり、お線香をあげに行った。仏壇には私との写真と、連絡が取れなくて、苦し紛れの思いつきで電話番号付きで送ったマグカップが置いてあった。結果的にその電話番号を見て、母親が私に電話をかけてきてくれたので、奇跡の一手だったと思っている。焦って選んだなんのセンスもないマグカップには「いつもありがとう」とひねりはないが、決して嘘は無い言葉が記されていた。

テーブルに出されたゼリーを食べ終わるまで、友人の母親と近況など、当たり障りもない話をした。

帰り際に友人の母親から「元気に、生きて、生きてくださいね」と言われた。どう考えてもお守りだなと思った。

 

夏に、理性ちゃん、すずめちゃんいつもの仲良し3人でプチ旅行に行った。30歳になった記念にお手軽なセルフ写真館で記念写真を撮った。帰り際、人身事故の影響で帰れなくなって思いつきですずめちゃんとバスに揺られて、灼熱の暑さの中、なんにもない終わりの終着駅にたどりついた。

涼むために廃れたデパートに入り、ソファで休んでいると、すずめちゃんがゲームコーナーのUFOキャッチャーでちいかわのキーホルダーをとってきた。

「これでここに来た意味が生まれたな」とすずめちゃんは笑いながら私にプレゼントしてくれた。

ちいかわはいつも通り弱々しく泣いていた。

終わりの終着駅で、そこにいる意味を見出すために、泣いているちいかわがハントされたのがなんだか面白かった。


これからも日々は、社会は、夢は、人は、好きは、私は、変わっていく。変わっていくことは恐ろしいけれど、変わらないことは不健全だとも思う。

変わりつつ、できるだけ顔は前を向けたらなと思う。年末年始が終われば、友人の遺品としてもらったたれぱんだのぬいぐるみと、あの日すずめちゃんがくれたちいかわが待つマイルームに帰る。そこが私の居場所だし、スタート地点になるように。踏みしめて明日も。2024。




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