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桂代数I 第2章 章末問題 (9) 解答

桂代数Iとは、下記の『代数学I 群と環』(桂利行 著)です。
www.utp.or.jp

これの第2章の章末問題のある問題を解いてみます。

問題

(9) 実数体上の nn 列の行列全体がつくる(非可換)環の左イデアルおよび右イデアルを決定せよ. また, 両側イデアルは何か.

ひとこと

略解の左・右イデアルが間違っていたので、解答を作り直します。

記法

以下の記法を用います。

  • M_{n}(\mathbb{R}): n 次実正方行列全体の環
  • O: 零行列
  • A^{T}: 行列 A \in M_{n}(\mathbb{R}) の転置行列
  • \mathrm{diag}(x_{1}, x_{2}, \dots, x_{n}): 対角成分が x_{1}, x_{2}, \dots, x_{n} の対角行列

また、この記事における部分空間とは、線形部分空間のことを指します。

イデアルに関する観察

ある A \in M_{n}(\mathbb{R}) \setminus \{ O \} を含む最小のイデアルを決定してみよう。

A の行ベクトルを u_{1}, u_{2}, \dots, u_{n} とする。任意の行列 P = ( p_{i,j} )_{\substack{i \downarrow 1, 2, \dots, n \\ j \rightarrow 1, 2, \dots, n}} \in M_{n}(\mathbb{R}) に対して

 P A = \begin{pmatrix}
p_{1,1} u_{1} + p_{1, 2} u_{2} + \dots + p_{1, n} u_{n} \\
p_{2, 1} u_{1} + p_{2, 2} u_{2} + \dots + p_{2, n} u_{n} \\
\vdots \\
p_{n, 1} u_{1} + p_{n, 2} u_{2} + \dots + p_{n, n} u_{n}
\end{pmatrix}
が成り立つ。すなわち、P A の各行ベクトルは、いずれも A の行ベクトルの線形和で表せる。

n 次の行ベクトル全体の空間を \mathbb{R}^{n}_{\rightarrow} とする。任意の X \in M_{n}(\mathbb{R}) に対し、X の行ベクトルが張る \mathbb{R}^{n}_{\rightarrow} の部分空間を V_{X} と表すことにする。このとき、任意の v_{1}, v_{2}, \dots, v_{n} \in \mathbb{R}^{n}_{\rightarrow} に対して、これらを行ベクトルに持つ行列 B \in M_{n}(\mathbb{R}) は、ある P \in M_{n}(\mathbb{R}) を用いて PA = B と表せることがわかる。

よって、ある左イデアル IA を含むならば

I_{A} := \{ \begin{pmatrix} v_{1} \\ v_{2} \\ \vdots \\ v_{n} \end{pmatrix} \in M_{n}(\mathbb{R}) \ | \ v_{1}, v_{2}, \dots, v_{n} \in V_{A}  \} \subset I

が成立する。

I_{A} が左イデアルであることを示そう。任意の P \in M_{n}(\mathbb{R}) および任意の B \in I_{A} に対して PB \in I_{A} となることは、先ほどの観察からわかる。また B_{1}, B_{2} \in I_{A} に対し、- B_{1} + B_{2} の各行ベクトルは V_{A} に属するので、- B_{1} + B_{2} \in I_{A} である。すなわち I_{A} は左イデアルである。

ところで I_{A}A の行ベクトルが張る空間のみによって特徴付けられている。そこで、任意の左イデアル\mathbb{R}^{n}_{\rightarrow} の部分空間によって特徴づけられることを示す。

解答

イデアル

I を任意の左イデアルとする。まず I \neq \{ O \} の場合を考える。以下の手順で、帰納的に M_{n}(\mathbb{R}) の列 A_{1}, A_{2}, \dots を構成する。

  • A_{1} \in I \setminus \{ O \} をひとつ取る。
  • A_{1}, A_{2}, \dots, A_{k} が構成されたとして、これらの行ベクトルたち (nk 個) が張る \mathbb{R}^{n}_{\rightarrow} の部分空間 V_{k} を考える。
  • もし I のすべての元の行ベクトルが V_{k} に含まれれば終了。もし含まれない行を持つ元があれば、それを A_{k + 1} とする。

この操作は有限回で停止する。なぜなら \mathrm{dim} V_{k + 1} \geqq \mathrm{dim} V_{k} + 1 かつ \mathrm{dim} V_{k} \leqq n だからである。この操作によって得られた A_{1}, A_{2}, \dots, A_{m} の行ベクトルたちが張る \mathbb{R}^{n}_{\rightarrow} の部分空間 V_{m}I を特徴づけることを示そう。すなわち

I_{V_{m}} = \{ \begin{pmatrix} v_{1} \\ v_{2} \\ \vdots \\ v_{n} \end{pmatrix} \in M_{n}(\mathbb{R}) \ | \ v_{1}, v_{2}, \dots, v_{n} \in V_{m} \}
とすると I = I_{V_{m}} となることを示す。

A \in I とすると、A_{1}, A_{2}, \dots, A_{m} の構成の仕方から、A の各行ベクトルは V_{m} に含まれる。すなわち A \in I_{V_{m}} である。よって I \subset I_{V_{m}} である。

A \in I_{V_{m}} とする。行列 P_{1}, P_{2}, \dots, P_{m} \in M_{n}(\mathbb{R}) に対して P_{1} A_{1} + P_{2} A_{2} + \dots + P_{m} A_{m} を考えると、各行ベクトルは A_{1}, A_{2}, \dots, A_{m} の行ベクトルたちの任意の線形和となる。よって、ある特別な P_{1}, P_{2}, \dots, P_{m} が存在して

P_{1} A_{1} + P_{2} A_{2} + \dots + P_{m} A_{m} = A
が成立する。すなわち A \in I なので I_{V_{m}} \subset I である。

以上により I = I_{V_{m}} であることが示された。

I = \{ O \} の場合は

\{ \begin{pmatrix}0 & 0 & \cdots & 0\end{pmatrix} \} \subset \mathbb{R}^{n}_{\rightarrow}
によって特徴づけられていると言える。

逆に、任意の \mathbb{R}^{n}_{\rightarrow} の部分空間 V に対して

I_{V} = \{ \begin{pmatrix} v_{1} \\ v_{2} \\ \vdots \\ v_{n} \end{pmatrix} \in M_{n}(\mathbb{R}) \ | \ v_{1}, v_{2} ,\dots, v_{n} \in V \}
が左イデアルであることを示す。任意の A, B \in I_{V} に対して、- A + B の各行ベクトルは V に属するので、A + B \in I_{V} である。また P \in M_{n}(\mathbb{R}), A \in I_{V} とすると、"観察" と同様の計算により PA の各行ベクトルは A の行ベクトルの線形和となるから、PA \in I_{V} である。すなわち I_{V} は左イデアルである。

以上から、M_{n}(\mathbb{R}) の左イデアル\mathbb{R}^{n}_{\rightarrow} の部分空間と一対一に対応し、V \subset \mathbb{R}^{n}_{\rightarrow} に対して I_{V} と表される。

イデアル

行列を転置すれば左イデアルと同様の議論が可能である。すなわち、n 次の列ベクトル全体を \mathbb{R}^{n}_{\downarrow} とおけば、M_{n}(\mathbb{R}) の右イデアル\mathbb{R}^{n}_{\downarrow} の部分空間 V と一対一に対応し、

\{ \begin{pmatrix} v_{1} & v_{2} & \dots & v_{n} \end{pmatrix} \in M_{n}(\mathbb{R}) \ | \ v_{1}, v_{2} ,\dots, v_{n} \in V \}
と表される。

両側イデアル

両側イデアルは自明なイデアル、すなわち \{ O \}M_{n}(\mathbb{R}) しかない。これを示す。

I \subset M_{n}(\mathbb{R}) を両側イデアルとし、I \neq \{ O \} とする。A \in I \setminus \{ O \} をとると、A^{T} A \neq O である。実際、もし A^{T} A = O ならば、任意の x \in \mathbb{R}^{n}_{\downarrow} に対して

x^{T} A^{T} A x = \| A x \|^{2} = 0
が成り立つので A = O が従う。

A^{T} A は対称行列なので、直交行列により対角化可能である。すなわち、直交行列 P \in M_{n}(\mathbb{R}) が存在して

P^{T} A^{T} A P = \mathrm{diag}(\lambda_{1}, \lambda_{2}, \dots, \lambda_{n})
が成り立つ。ここで \lambda_{1}, \lambda_{2}, \dots, \lambda_{n}A^{T} A固有値である。

A^{T} A \neq O より、固有値のいずれかは 0 でない。よって必要ならば P を取り替えることによって、\lambda_{1} \neq 0 としてよい。Q \in M_{n}(\mathbb{R})

Q = \mathrm{diag}(\lambda_{1}^{-1}, 0, \dots, 0)
と定める。すると
Q P^{T} A^{T} A P = \mathrm{diag}(1, 0, \dots, 0)
が成り立つ。

さらに、各 i = 1, 2, \dots, n に対して R_{i} \in M_{n}(\mathbb{R})(1, i) 成分と (i, 1) 成分のみが 1 で他が 0 の行列とすると

R_{i} Q P^{T} A^{T} A P R_{i} = \mathrm{diag}(0, \dots, 0, \underset{\text{第 $i$ 成分}}{1}, 0, \dots, 0)
となる。

以上から、S_{i} = R_{i} Q P^{T} A^{T} および T_{i} = P R_{i} とすれば、

\displaystyle\sum_{i = 1}^{n}S_{i} A T_{i}
単位行列であり、I に含まれる。よって I = M_{n}(\mathbb{R}) である。

補足

略解にある左・右イデアルは、標準基底のうちいくつか選んだもので張られる部分空間に対応します。部分空間は当然もっと多様なので、これだけでは足りません。




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