
【AI覇権と歴史の罠】「解放者」を演じる中国のオープンソース戦略と、かつての日本の影
現代のAI開発競争を眺めていると、ある強烈な「既視感」に襲われることはないだろうか。
それは、第二次世界大戦において日本が掲げた「アジア解放」の歴史との、不気味なほどの構造的符号である。
かつて日本は、欧米列強の植民地支配からアジアを解き放つ「解放者」として立ち上がった。
当初、その理念は一部のアジア諸国で熱狂的に歓迎された。しかし、結果としてそれは『日本の国益を最優先する、新たな文化や支配体制の押し付け』であったのかもしれない。もっとも、日本は勝者となっていないため、歴史のIF(イフ)は誰にも分からない。
そして今、デジタルの世界で全く同じ構図が再現されるように思える。主役は隣国、中国だ。
「米国企業の支配」から世界を解放する中国
現在、世界のAI技術は米国による事実上の独占状態にある。
この「デジタルの米国支配」に対し、中国企業は独自の戦略に打って出た。
それが「強力なオープンソースモデルの無償公開」と「AIの大衆化(民主化)」である。
米国企業がクローズドで高額なAIモデルによる囲い込みを図る中、中国は高性能なモデルを次々と世界に無料でばら撒いている。
資金力に乏しいグローバルサウスの国々や、世界中の開発者、そして私自身にとってすら、中国はまさに「デジタル覇権からの解放者」として映るだろう。
戦わない国・中国の恐るべき「策」
ここで注目すべきは、中国という国の歴史的特質だ。
長い歴史を振り返れば、中国が対外的な直接の武力衝突において圧倒的な強さを見せたことはほぼないということだ。
しかし、彼らの真骨頂はそこにはない。中国は、古来より「策(兵法)」において他国の追随を許さないのだ。
孫子の兵法にある「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」。
これこそが、現在の中国のAI戦略の正体である。
米国と正面からテクノロジーの軍拡競争(札束の殴り合い)をするのではなく、「オープンソース」というトロイの木馬を使って、世界のAIインフラの土台(デファクトスタンダード)を静かに、そして確実に中国製へと染め上げているのである。
そして、2025年9月中旬、LLMモデルで、初めてトップジャーナル(Nature)に掲載された研究業績は、中国発のLLMモデルDeepSeek-R1 であった*1。
一体誰が、これほど早い段階でこの事態を予想できただろうか。
歴史は繰り返すのか?
「解放者」として歓迎されながら、気づけばそのプラットフォームと規格に完全に依存させられ、中国の国益に沿った新しいデジタル秩序(現代の大東亜共栄圏)に組み込まれていく。
「AIの民主化」という美しいスローガンの裏で進行する、中国のしたたかな「策」。
私たちは今、銃弾こそ飛び交わないものの、人類の未来を決定づける巨大な包囲網の中で生かされているのかもしれない。
歴史は、形を変えて繰り返すのである。
我々を待ち受けるのは、クローズドAIによる支配か、オープンソースAIを通じた見えざる支配か、それとも共倒れによる第三極の出現か。
その支配の先には、大衆には質の悪いAIモデルしか与えられず、支配階層が独占する優秀なAIモデルによって未来永劫管理され続けるという、ディストピアな未来すらあり得るのだろうか。
*1:DeepSeek-R1 incentivizes reasoning in LLMs through reinforcement learning. https://www.nature.com/articles/s41586-025-09422-z