阿津川辰海『午後のチャイムが鳴るまでは』感想
青春ミステリ短篇連作。
連作としての繋がり、それにより浮き上がってくる人物像や空気、企み、構図も大いにある上で。
何よりまず第3話「賭博師は恋に舞う」が話としても作中の「消しゴムポーカー」のアイディアやそのゲーム性、駆け引きや描写も群を抜いてる。傑作。
また、この作品は連作全体としておそらくある種の(青春)ミステリへの次の二要素に対するカウンターという趣もあるのかなと思えて。
①思春期/青春をあるべき大人になるための準備期間、過剰な万能感や無力感に溺れ苦しみ挫折していく(そしてそれを克服する)/するべき「役割」を重視する。
②若者の傲慢と名探偵のそれを重ね、他者の事件を推理し解決することの……ある種の「名探偵の有害性」を描く。
それらの面白さと意義をきっと十二分に認めたうえで。
①'あえて意味など問いも問われもしない、馬鹿馬鹿しい青春の謳歌を全肯定し。
②'傲慢でも孤高でもなく、憂鬱でもシニカルでもなく。爽やかになんでもないことのように颯爽と現れては速やかに謎を解き明かし答えを告げ知らせつつ。同年代の仲間ともそうでない相手とも性別も趣味嗜好も問わず、彼らの営みの中に自然に入り込んで気楽に気軽に一緒に喜び笑い驚き楽しむ「名探偵」も描いてみせた。
青春は、名探偵は、たとえば"そうであってもいい"あるいは"そういう一面があってもいいし、あるに決まってる"。
「昼休み」としての青春、形と中身の一致。
そういう意味でも清々しい、快作だと思う。
たとえば北村薫「円紫さんと《私》」、米澤穂信「古典部」「小市民」、加納朋子「駒子」、相沢沙呼「酉乃初の事件簿」「マツリカ」各シリーズあたりと併せ読むと、阿津川辰海『午後のチャイムが鳴るまでは』は一層楽しく面白く思える所がありそう。