アニメ版『小市民シリーズ』1期感想の総括
(原作小説全巻及びアニメ版2期で扱う内容のネタバレ有り)
アニメ版『小市民シリーズ』1期「春期限定いちごタルト事件」「夏期限定トロピカルカフェ事件」は全10話をもって放送終了し。
すぐさま2期「秋期限定栗きんとん事件」「冬期限定ボンボンショコラ事件」が2025年4月より放送と発表。
アニメ版の感想については、各話放送に合わせてこちらで。
原作小説の感想については、『冬期限定ボンボンショコラ事件』まで既読の人前提にこちらで
アニメ版一期放送終了を機に
「1期で描かれたのはどんなことだったのか。どのように描かれたのか」
について少し、総括する感想記事を書いてみた。
①小鳩常悟朗と小佐内ゆきの二人が出会い、それらの事件を通じて関係性と各々自身の在り方を変化させていったこと、それこそが『小市民シリーズ』という「事件」であり読者/視聴者こそはその探偵役
②『夏期限定トロピカルパフェ事件』とはどんな「事件」か。
「探偵」は「犯人」に対し何を失敗したか。「なにを」や「どのように」などより遥かに重要な2つの「なぜ」を1つは測り切れず、1つは応えられなかった/応えなかった。1つは「犯人」は「なぜ」復讐したか。もう1つは2人の関係性は「探偵」と「犯人」だけではないと少なくとも小佐内さんは思っていて、それを最後には口にも出す……即ち「小佐内ゆきという少女」は「なぜ」。
③2つの「なぜ」がなぜそこまで重要か。
諸々の前提として、二人は傲慢に概ね他者を見下している。その上で。
■二人は各々狐であり狼である自身を誰かが理解し、その上で尊重してくれることを渇望しているから(⇒1つ目の「なぜ」)
■誰かを恋人……自身と対等だったり自身と同じかそれ以上に大事な存在だと捉え認め位置づけられるということは、賛美や承認/衝動のぶつけ先といった便利な道具ではない、他者を認めることに、引いては自分自身を確立することに繋がるから(⇒2つめの「なぜ」)
④アニメの構成と各話の意味。
■1話時点で実はどれだけ多くが提示されていたか。
■2話と6話との対照=裏がない堂島健吾と、裏ばかりの狐と狼
■3話と4話=狐が語り、紹介する狼の在り方
■6話と9&10話の対照=狐の要求に応えきった狼と、狼の要求に応えきれなかった狐。
⑤固有結界もしくは領域展開の意味
■小鳩常悟朗と小佐内ゆきの内面世界において、自身と対等の他者として唯一お互いだけを特別に位置づけている。
■だから基本的に二人揃っている時でないとこの演出は出現しない。
■「水」「川」「橋」といった頻出するモチーフの意味。
⑥小鳩常悟朗の一人称視点で綴られる原作小説と、(特に二人を横に並べて映すことが多い)三人称視点中心のアニメ版の基本的な演出の違いと、それによる印象の違い(一方、描かれている人物像は実は概ね一致している)
①小鳩常悟朗と小佐内ゆきの二人が出会い、それらの事件を通じて関係性と各々自身の在り方を変化させていったこと、それこそが『小市民シリーズ』という「事件」であり読者/視聴者こそはその探偵役
9月17日に公開されたばかりの神戸守監督インタビュー冒頭にもある通り、
この作品の最大の特徴、特殊性、いちばんのオリジナリティは小鳩常悟朗と小佐内ゆきの関係性にこそある。
『小市民シリーズ』は一貫して表面的には小鳩常悟朗が推理し小佐内ゆきが行動し事件を解決したり起こしたりしていく話だけど。
実はより重要な謎であり事件として「二人の関係性の話」をこそ描き続けている作品。
「春期限定いちごタルト事件」の詐欺、「夏期限定トロピカルカフェ事件」の拉致監禁誘拐事件といったものは(他の諸々の細かい「事件」も含めて)それぞれ「表面」の話に過ぎず、その「裏面」として二人の関係はどう描かれ、どう変化し、どんな着地を迎えたかこそがそれぞれ「春期限定いちごタルト事件」であり「夏期限定トロピカルカフェ事件」なのだと言える。
しかし、アニメ本編または原作小説を読めば分かる通り、小鳩常悟朗も小佐内ゆきもとにかくおよそ素直に本心というか……何を思い、何を考え、何を求め、何を願い、何に喜び、怒り、哀しみ、楽しんでいるかといったことを相手にも、自分自身にも、それに視聴者/読者にも容易に明かそうとしなかったり、意図的あるいは無意識に隠蔽したり、ごまかしたり目を逸らしたりするキャラクターであるため、ただぼんやり観ている/読んでいるだけではその「事件」についてほとんど何も分からない、ということすら有り得てしまう。
『小市民シリーズ』というミステリアニメ/ミステリ小説が提示する「謎」とは正にそこにこそあるのだと思う。
②『夏期限定トロピカルパフェ事件』とはどんな「事件」か。
「探偵」は「犯人」に対し何を失敗したか。「なにを」や「どのように」などより遥かに重要な2つの「なぜ」を1つは測り切れず、1つは応えられなかった/応えなかった。
1つは「犯人」は「なぜ」復讐したか。もう1つは2人の関係性は「探偵」と「犯人」だけではないと少なくとも小佐内さんは思っていて、それを最後には口にも出す……即ち「小佐内ゆきという少女」は「なぜ」。
二人の関係性の変化こそが「事件」。
ではまず『春期限定いちごタルト事件』とはどんな「事件」だったか。
小鳩常悟朗が推理し解き明かし称賛されることを求め淫して止まない「狐」であり。
小佐内ゆきが自身が受けた不条理な扱いに対して復讐することを求め愛して止まない「狼」である。
そのことを再確認した「事件」であり、そういう二人であると視聴者/読者に提示した「事件」でもある。
これはごくわかりやすい話だと思う。
次に『夏期限定トロピカルパフェ事件』とはどんな「事件」か。
それは「探偵」の「犯人」に対する推理の無惨な破綻であり、「犯人」が向けた期待と願いにヘタレでクソボケの「探偵」が無情にも応えなかった悲喜劇で。
小鳩常悟朗は「なにを(What)」や「どのように(How)」は読み解けても、「なぜ(Why)」という人の心は全然読み解けないヘボ探偵なので。
小佐内ゆきという犯人の「なぜ」を2つ読み損なった。
一つは復讐を愛するだけでなく、復讐しなくては尊厳が守れない心について。
一つは小佐内ゆきの恋心。
『夏期限定トロピカルカフェ事件』とは犯人が読み解いて貰う事を切望した2つの「Why」を探偵が解き損なったために、無惨な破局を迎えてしまった事件と総括し得る。特に2つ目こそが大問題だった(2つ目をどうにかすれば1つ目は十分リカバリーできた)。だからより詰めるなら『夏期限定トロピカルカフェ事件』とは実は
「夏休み中二人でスイーツ巡りしたのに小鳩常悟朗が推理推理で彼氏らしい態度も取らず二人は彼氏彼女だと頑なに認めようとしなかった事に小佐内ゆきがブチ切れ破局した」
という事件だったりする。いや本当に。
■まずは、小佐内ゆきの恋心について。
10話でつきつけたのは実は1話の反復であったりもする。
「ねえ、さっき言ってたね。「お前ら付き合ってるなら分かるだろう」って」
「ぼくには縁のないシチュエーションだ」
「………。
わたしもそうなの。小鳩くん、結局推理しちゃってたね」
小市民1話、最初の事件の後に行くのが原作のクレープ屋からアニメではいきなりいちごタルトになって少しばかり話の進みを早くしたことで、場面の流れも変わり。原作で「クレープやっぱり甘すぎる」と思う小鳩と対比される、小佐内ゆきの心情を甘苦く示す……最初の挿話「羊の着ぐるみ」の最後の一文の… pic.twitter.com/k3SvUF765K
— 相楽 (@sagara1) 2024年7月6日
つまり、最初から小市民になんかお互いなる気なんてなかったよね、と。
そして小鳩常悟朗は二人の関係について小佐内ゆきの方から誘いを向けても「縁のないシチュエーションだ」と切り捨て、考えようともしてくれない……考えるのを避けてしまう。推理への傾倒に逃げ込んでしまう。
「でもね。小鳩くんとのスイーツめぐり……楽しい気持ちも、なくはなかったの」
1話「ねえ、さっき言ってたね」の反復。
『かぐや様は告らせたい』の白銀御行と四宮かぐやが不毛にこだわったように、いわば「先に告白した方が負け」という考えはある。
でも、小佐内ゆきはあえて負けてみせ、それでもなお踏み込んだ。しかし、ヘタレなクソボケは応えなかった……だから二人はそのまま破局を迎えるしかなかった。
表の拉致監禁誘拐事件などよりその裏の二人の破局こそが『夏期限定トロピカルカフェ事件』なのだと思う。
小市民シリーズ10話。
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月14日
「でもね。小鳩くんとのスイーツめぐり。……楽しい気持ちも、なくはなかった」
これに何も口に出して応えず……僅かに残ったパフェを口に運び、声をあげ顔をしかめる小鳩常悟朗。… pic.twitter.com/FnW3p7doIy
10話。例によってアニメ版ではその独白は描かれなかったけど。原作の「言わずもがなの一言だ~」は小鳩常悟朗の犯行声明。"これはそういう事件だ"https://t.co/2Cl0w9hXPg
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月14日
って実はわかっていたけど、わかっていながら自分自身に、そして読者にもしれっと何も言わず伏せていたんだ、という。#小市民 pic.twitter.com/d5POnvwhKg
小市民シリーズ10話。
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月14日
「でもぼくは、ぼくたちが一緒にいる意味はないとは思わない」
ここで、これを聴いた時の。
「ただ、効果的ではなくなってると思う」
と続けてしまう前の、小佐内ゆきの表情をこのアニメはあえて画面に映さない。#小市民 pic.twitter.com/R86Mj6M7H4
小市民シリーズ10話。原作小説で「小佐内さんがはっと息を呑む」とある所。本当は「返事の内容」にも一縷の期待が無かったとはhttps://t.co/o5KR8UYUH6
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月14日
思えない。単純極まる理由。"好きだから、一緒にいたい"と(少なくとも今は)決して口にしてくれない相手だとよくよく分かってはいても。#小市民 pic.twitter.com/g16TpF7T9H
小市民シリーズ9話。
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月9日
一見パフェを食べつつデートしてるような二人は「探偵」と「犯人」の対決を延々やっていて、互いに最初からそのことを自覚しているわけだけど。
でも、ここ。
「今日の服はトロピカルカフェに合わせたの?」
「似合う?」
「なかなか」
「嬉しいな」… pic.twitter.com/3kKGPJSGI7
該当箇所はこんな感じ。
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月9日
原作小説では紅茶の注文描写はなく(おそらく省略され)アニメ版と同じタイミングで「やがて紅茶が出されると」と紅茶が出てくる。
そして原作では小佐内さんの「……」の前後になんの説明も小鳩常悟朗の独白も置かれていないのが、かえって味があって良くもある。#小市民 pic.twitter.com/wRxD5uwpq7
小市民シリーズ10話。
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月14日
「はっきりした男の子、わたし、嫌いじゃないの」
この言葉も、はっきりデートとしてスイーツを食べに行きに誘うのも。
めいいっぱい小鳩常悟朗への当てつけだし。
小鳩常悟朗以外とある種の「関係」を結び得るのか?という試みでもある。https://t.co/HkmgFOPyef#小市民 pic.twitter.com/Xx4J25Q65d
■続いて、復讐を愛するだけでなく、復讐しなくては尊厳が守れない心について。
復讐を愛する小佐内ゆきの姿は時にあまりに嗜虐的で残酷すぎるようにも見える。
9話。
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月7日
「という建前で。さなえさんにこれを喋らせたの。かわいそうなさなえさん。しかも!これをわたしに渡すなんて」
嗜虐的に嗤い、愉しげに語る小佐内ゆき。「小市民を目指す」という建前を掲げつつ好き勝手に嗜好に従い動き続けてきた二人の在り方が剥き出しになった場面のようでもある。#小市民 pic.twitter.com/GSeD58tpb7
しかし川俣さなえが今後だいぶ愉快ならざる立場に置かれることになったのはそもそもの話……9話で小佐内さんが語った通り中学時代に「救けた」のにも関わらず、粗暴な石和馳美に怯え、小柄で童顔で与しやすく思える小佐内ゆきを舐めてかかって脅してきたから。
「人に不条理に舐められる」とはどういうことか。
これも実は1話から示されていた。
「なんだお前」
— 相楽 (@sagara1) 2024年7月6日
「小佐内です。小鳩くんの友だちです」
名乗りに名乗り返さず、ふん、と鼻息で応えられる。
原作ではこう表現されてる(画像3枚目)。つまり舐められている。小さくてまるで小学生みたいな小佐内さんはきっと日常的にこういう扱いを受けがち。きっと、よく覚えておくといい話。#小市民 pic.twitter.com/gFdWVfQzjS
小柄で童顔の少女・小佐内ゆきがどれだけそういう経験を否応なく重ねてきているか。それと「復讐」好きであることの関係性。
そんな「心」の在り方をどれだけ分かることができるか。
小佐内ゆきが不条理に人に舐められ続けることで否応なく置かれてきた立場に、小鳩常悟朗は気づくことは出来なかった。
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月14日
「どうしてわたしがこんなやり方を選んだか、小鳩くんは全然わかってない。わかろうともしないの」
とはそういうことだろうと思う。#小市民 pic.twitter.com/Zi0Du8myK6
小市民シリーズ10話。
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月14日
原作小説で
「小佐内さんは、目をしばたたかせた。一瞬、うさぎのように視線をきょろきょろとさせ、それからぼくをまっすぐ見ると、少し俯いた」
と描写された姿。
「狼」なだけでなく「兎」でもある、小鳩常悟朗が気づけなかった小佐内ゆき。https://t.co/MKx4URGD6O#小市民 pic.twitter.com/Gj4NliFUKG
で、まあ、その読み損ないも勿論非常に深刻なんだけど。
たぶん、読み損なった上でも小鳩常悟朗が小佐内ゆきの恋心というより大事な向けられた心に応えてさえいれば。
当然の謝罪なども織り交ぜつつ「二人は幸せなキスをして終了」にもっていけただろうに、とはかなり本気で思う。
「でも、そうはならなかった」
「ならなかったんだよ、ロック」
「だから、もし続編の秋期&冬期限定までアニメ化されなければ、アニメ版においてこの話はここでお終いなんだ」
「でも、お終いにはならなかった。二期決定だ。二期決定だよロック。わたしは嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい」
なお、少し余談。
小佐内ゆきが得意とするのは主に侮りを利用し、人を騙し唆し操ることで。
その手法自体が小佐内ゆきによる、そうして日常的に侮りを向けてくる世界への復讐だという趣もあるのだけど。
ともあれ、その在り方は青崎有吾『地雷グリコ』射守矢真兎の「戦略」及び相沢沙呼「城塚翡翠シリーズ」の城塚翡翠のそれと、ある意味においてとても良く似ている。
そしてその「戦略」を行使するのが三人とも(若い)女性であることは偶然などではないだろうとも思う。
はっきりいってしまえば、ようするに暇空茜とそのシンパ?みたいな輩が跳梁跋扈するミソジニー(をはじめとする理不尽な差別に)溢れる社会だから、そうなっている。
青崎有吾『地雷グリコ』のコミカライズ。射守矢真兎さんががっつりギャル風の見た目で、スカートもとても短めだったりする感じだ。とても良いのでは。
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月5日
いや性癖とかそういうのは措いといて、たぶん結構大事なポイントだと思えるので。https://t.co/jPLLVfParT
本当に。 pic.twitter.com/WZCMf8mWp9
『地雷グリコ』の射守矢真兎がチャラく軽く隙が多そうな見た目なのはとても大事で、「城塚翡翠シリーズ」の城塚翡翠、『小市民シリーズ』の小佐内ゆきについても……ようするに前者二人は意図的に、小佐内さんは望まずして"舐められやすい"外見を装って/持ってしまっている。https://t.co/npnlt2LqPV
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月5日
ちなみに「人に不条理に舐められるということ」が何を意味するのかというのは、twitter上でも現在進行形で北村紗衣さん周辺のあれこれが嫌になるくらい強烈に示してくれている。https://t.co/S93MG1NKEj
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月5日
本当に嫌になる。
『小市民シリーズ』の小佐内ゆき、小柄で童顔の見た目から侮られ、復讐せずには尊厳を守れなくもあった少女を演じるにあたって。そういう意味でも羊宮妃那さんくらい適役だった人、なかなかいなかっただろうなとも改めて思う。めちゃくちゃ甘い声、いわゆる萌えボイスみたいなものでなんというか中身を…
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月14日
③2つの「なぜ」がなぜそこまで重要か。
諸々の前提として、二人は傲慢に概ね他者を見下している。
その上で。
■二人は各々狐であり狼である自身を誰かが理解し、その上で尊重してくれることを渇望しているから(⇒1つ目の「なぜ」)
■誰かを恋人……自身と対等だったり自身と同じかそれ以上に大事な存在だと捉え認め位置づけられるということは、賛美や承認/衝動のぶつけ先といった便利な道具ではない、他者を認めることに、引いては自分自身を確立することに繋がるから(⇒2つめの「なぜ」)
「全能感と裏返しの無能感、これを試練にかけることで自分を客観視することのできる視点を獲得する、そこまでの物語として〈古典部〉シリーズと〈小市民〉シリーズは考えています」
(『ユリイカ』2007年4月号/米澤穂信×笠井潔対談)
小市民シリーズ10話。
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月14日
「わたしたちがとっても賢い『狐』でも『狼』でもないんだとしたら。『小市民』になろうっていうのも嘘なんだとしたら、何が残るか」※画像1枚目
「ねえ、わかる?」(顔を傾け、僅かに笑う)※2枚目
「……あ」「残るのは、傲慢なだけの高校生が二人……」※3枚目… pic.twitter.com/IqyJQgdqVB
まず諸々の前提として小佐内ゆきがはっきり口にした通り、二人はまず「傲慢な高校生」であるのは明らかかと思う。
まず"小鳩常悟朗が小佐内ゆき(と一応、堂島健吾)を除くほとんど世の中すべての人間を概ね舐め腐っているやつだ"というのはその言動の端々から伝わらずにはいられないものだろうと思えてならないので、例示等は割愛する。
次に小佐内ゆきについても。その復讐心の強烈さは
"その気になればこんなに簡単に手玉にとって好きなように誘導できてしまう、その程度の相手/連中が。その程度の存在にも関わらず。このわたしを侮ってみせたり、不快にさせたり、なんらかの被害をかぶせたりしてくるなんて。許せない"
という傲慢さが多分それなりに背景にあるんだろうなとは思える。
その外見から他者に日常的に不条理に侮られることに苦しむ小佐内ゆきは、一方で傲慢に広く他者を侮ってしまう存在でもある。
そしてそういう自身の傲慢さに気づく賢さもあるので、自分のそういう在り方がとても嫌でもあるだろうな、という……つまりはまあ、小鳩常悟朗の傲慢さと屈折とすごくよく似ている。
小鳩常悟朗のわかりやすさよりは少しわかりにくい所もあるかな、とは思うけれど。
その上で小佐内さんが言語化した通り二人は「考えることしかできない」……即ち二人は基本的に他者を傲慢に侮り見下していて、一方でそれは不安("自分たちは本当はそんなに優れてなんかいないのでは。今自分たちが過ごしている狭い世界でなく、少し広い世界に出れば遥かに優れた誰かが無数にいるのでは")の現れでもあって。
まずそういう自身の心に目を逸らすことなく向き合えないから、他人の心にも本当には向きあえず、だから分からない。
それは歪んだ全能感と無能感に揺れる未熟さであり、古今東西の少年少女が普遍的に乗り越えるべきもので。
そういう問題の何より大きな焦点が、ことこの二人の場合は互いの間の恋愛感情という形を結んでいる。
そして小佐内ゆきは『チェンソーマン』のデンジではないので、
「俺は俺の事を好きな人が好きだ」
では話が済んでくれない(というのが実は二期で描かれることになる『秋期限定栗きんとん事件』という物語の半面になる)。
狼/犯人/アイリーン・アドラーである自分を狐/探偵/ホームズに正しく見抜かれた上で、その上で恋し、愛して欲しいという面倒くさい存在。小鳩常悟朗が自身の「知恵働き」を正しく理解した上で褒め称えて欲しいという面倒さと対を成している(これも秋期~で示される話)。
ちなみに小鳩常悟朗というホームズのアイリーン・アドラーになるためにはその「自意識を砕いて潰して」「上から、『調子に乗らないでね』と言って」やる必要があり、小佐内ゆきさんは春夏秋冬かけてようやく成し遂げた。良かったね、小佐内さん。
鎌倉の英国アンティーク博物館。ぜひ小鳩常悟朗は小佐内さんと一緒に訪れて、小佐内ゆきが少しの間だけ「ボヘミアの醜聞」とアイリーン・アドラーの展示にじっと目をやる姿を目にして欲しい。ようするに二人の関係って、そういうことなわけで。 pic.twitter.com/EU5EHjCwC7
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月11日
小佐内ゆきがソブリン金貨を弄びつつ、魅惑と恐怖の羊宮妃那ボイスで
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月11日
「ねえ小鳩くん、ホームズにとってアイリーン・アドラーってどんな存在だったんだと思う?」
と言い放つ姿を観たいなとも思えたりもするけど、そういう真似はできないのが小佐内ゆきだろうなあ、とも思う。
「"わたしと相手の二人の幸せのためにはそれが必要だから"という理由で相手が人生かけて育み守ってきた自我、自意識、プライドその他諸々を徹底的に完膚なきまでに逃げ場無く砕いてすり潰して、ある意味で生まれ変わらせた上で幸せを手に入れる」という一点において『WHITE ALBUM2』小木曽雪菜と…
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月17日
小市民シリーズの小佐内ゆきと小鳩常悟朗は「全能感と裏返しの無能感、これを試練にかけることで自分を客観視することのできる視点を獲得する」課題に一人では向き合えないから二人で向き合う必要がありその互恵関係は一般には交際/恋愛関係にしか見えないという話ではある。https://t.co/7zW5Wq3KfR
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月19日
で。『小市民シリーズ』の小佐内ゆきと小鳩常悟朗の関係には……それこそ昨晩放送された『推しの子』22話/原作72話の黒川あかねとアクアのように、そこに性愛/性欲もきちんと?絡むのか、それは「恋愛感情」と言えるのか?といった話は割と付きまといそうではありはする。https://t.co/gUOQwCplNc pic.twitter.com/uIIUFr6BgT
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月19日
④アニメの構成と各話の意味。
■1話時点で実はどれだけ多くが提示されていたか。
■2話と6話との対照=裏がない堂島健吾と、裏ばかりの狐と狼
■3話と4話=狐が語り、紹介する狼の在り方
■6話と9&10話の対照=狐の要求に応えきった狼と、狼の要求に応えきれなかった狐。
■1話時点で実はどれだけ多くが提示されていたか。
これについては先程
「ねえ、さっき言ってたね。「お前ら付き合ってるなら分かるだろう」って」
の件で小佐内ゆきと小鳩常悟朗の間にある実は一番大きな問題と溝が1話で提示されていて、10話はその反復とも言えるという話とか。
"小柄で童顔で与しやすく思える小佐内ゆきは日常的に人に舐められ侮られる経験を重ね、その尊厳を脅かされている(だからこそ復讐は彼女にとって、そうせずにはいられない、そうしなければ尊厳を守れないものでもある)"ことも1話時点で提示が始まっていたことにも触れた。
他にも多くが提示されている第1話でもある。
小市民シリーズ1話。
— 相楽 (@sagara1) 2024年7月6日
「頭を使うことで、お前がしくじるとは思ってない」
にすごくはっきり小鳩常悟朗に喜びの表情をさせてた。
そんな様子を小佐内ゆきはしっかり見つめている。
少しやりとりも変えて、原作ではなんでもないやりとりを小鳩くんのツボを示す描写に変えてきた。#小市民 pic.twitter.com/ThuguA2pWD
小市民シリーズ1話。
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月8日
「っ…!」
「動かないで!小鳩くん!」
「あの子たしか…小佐内さんと同じクラスの」
「そっか、彼女も受かったとは限らない。ぼくは小市民失格だね」
これが川俣さなえだった、と。
再会などしたくなかっただろう小佐内さん。https://t.co/SuYx1kOwkd
見当外れの推理。#小市民 pic.twitter.com/B1dvFamg3p
小市民シリーズ1話では「小市民を目指す」とうそぶく二人が各々、"にも関わらず我慢できないことは何か"の過半が提示もされている。
— 相楽 (@sagara1) 2024年7月8日
まず、小鳩常悟朗は「知恵働き」を見せつけ褒めて貰える機会を、どうしても逃せない。
「30分か…」「…っ!!」※画像1枚目… pic.twitter.com/wWJ7yhLNdp
ここは原作のクレープ屋からいちごタルトに変えているだけでなく。
— 相楽 (@sagara1) 2024年7月8日
アニメ版は二人のやり取りも大きく膨らませ、
■小鳩くんが何を我慢できないかということ
■それに付き合うために小佐内さんがこの時はわかっていてあえて我慢してみせていること
の二つをよく示してくれている。#小市民 pic.twitter.com/0l7H0kAeTV
続いてやはりアニメ版オリジナルのここでも。https://t.co/CO727RUgKE
— 相楽 (@sagara1) 2024年7月8日
小鳩常悟朗は「きっと、この方が早い」という知恵働きを。
小佐内ゆきは大好きな限定スイーツへの愛を。
法規なんかよりもさらっと優先させる。二人はそれを我慢できない。#小市民
小佐内ゆきは強烈に愛するスイーツすら我慢しようと思えば(本気で泣きそうになりながらだけど)我慢できる。しかし、https://t.co/5feCBQwO4h…
— 相楽 (@sagara1) 2024年7月8日
小佐内ゆきが真に愛して止まない、どうあっても我慢できない「甘さ」とは何か。
— 相楽 (@sagara1) 2024年7月8日
それが示されることは、もうどうあっても避けられない。
1話ラストのこの時にhttps://t.co/LhSrjRzKQX
それはもう確定してしまっている。#小市民
■2話と6話との対照=裏がない堂島健吾と、裏ばかりの狐と狼
第2話「おいしいココアの作り方」は「おまえは/自分は/こいつはどういう人間か」ということを最初から最後までずっとずっとひたすら問い問われる話になっている。
それは誰よりもまず小鳩常悟朗についてであり、堂島健吾についてであり、小佐内ゆきについてであり、堂島知里についてでもある。
そこらへんの詳しい話はもし気になるなら、各話感想まとめででも読んで貰うとして。
2話における原作にはなかったアニメ独自の描写、いわゆるアニオリで一つ非常に面白かったのはここ。
小市民2話、アニオリのチョコレートケーキで口元をすごいことにしてる堂島健吾。これたぶん「ジョーカー」のイメージだと思う。小鳩常悟朗≒バットマンを深く深く理解するがゆえに(小佐内ゆきが居るが為に「誰よりも」とは書けない……)そして「ふざけるな。本当のお前はこういうやつだろう!」と突… pic.twitter.com/zrlXNHV6m2
— 相楽 (@sagara1) 2024年7月13日
正確に言うと実は堂島健吾は「裏」のある言動で「ゲーム」など仕掛けるようなところは一切ない人間だった、それは実の姉も小鳩常悟朗もよくよくわかっていた筈なのに……というオチなのだけれど。まさに堂島健吾がそういう人間であること……堂島健吾が堂島健吾でいることが堂島健吾が嫌い指摘した小鳩…
— 相楽 (@sagara1) 2024年7月13日
堂島健吾の言葉や振る舞いには裏が無い。
「おいしいココア」を振る舞うのも、その作り方を教えるのも、その裏に隠した意図だとか挑戦だとか含みといったものはない。堂島知里が提示し、小鳩常悟朗も小佐内ゆきもそれに乗ってしまった邪推など、してしまうだけ空振るだけで、虚しい。
堂島健吾はまっすぐに自身の思い、相手をどう捉えどんな存在だと感じているか……そしてどうあって欲しいかを口にし、真正面から突きつけてくる。
その言葉はその言葉通りの心を示している。
絵コンテ・演出・作画監督(連名)=武内宣之の第2話においてそのことは完璧な映像、古川慎(及び羊宮妃那、梅田修一朗、安済知佳)の完璧な演技によって見事に描かれてくれている。
アニメ版『小市民シリーズ』2話の堂島健吾による「おいしいココアの作り方」の説明場面の画/動きの描写及び、古川慎(及び羊宮妃那)の演技の完璧さについて。… pic.twitter.com/ICf4KSlbJU
— 相楽 (@sagara1) 2024年7月14日
そして2話で提示された堂島健吾の裏のなさ、堂島健吾と小鳩常悟朗の対峙はそのまま、第6話「シャルロットだけはぼくのもの」ひいては第9、10話「スイート・メモリー」の互いの裏ばかり探り合ってしまい、真正面から互いの思いを出しあえない小佐内ゆきと小鳩常悟朗の対峙と際立った対照を見せている。
物語の構造として、そういう配置がなされている。
小市民シリーズ『夏期限定トロピカルカフェ事件。』
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月14日
「夏が過ぎ、考えることができるだけのふたりは」。
素直で単純な気持ちを、
小鳩常悟朗は全く口に出そうとせず。
小佐内ゆきは時折、そして最後にも漏らしつつ、しかし、それに素直に従うことは全然出来はしない。
そんなふたり。#小市民 pic.twitter.com/qQg684CPNm
そして実は2話ラストにおいて10話で小佐内さんが口にすることになった
「わたしたち、痴話喧嘩もできないの」
は既に先行して提示されていたりもする。
小市民シリーズ2話ラストの二人のやり取りはようするに「痴話喧嘩」なのだけど。
— 相楽 (@sagara1) 2024年7月13日
そのニュアンスが原作小説から微妙に…いや、割と結構変わっていて、素晴らしい映像演出と羊宮妃那さんの素晴らしい演技の相乗効果でものすごく面白い。アニメ版の小佐内ゆきがめちゃくちゃかわいい。#小市民 pic.twitter.com/PYT4E5YAj8
小市民2話ラストの二人のやりとりの原作との違い、そしてアニメ版の小佐内ゆきと小鳩常悟朗の仕草や台詞・演技に滲むニュアンス、その心情といったことについて。少し長くなるけども。結論から言うと原作でもアニメ版でもこれは「痴話喧嘩」なのだけれど。小鳩常悟朗の一人称で綴られる原作での描写か… pic.twitter.com/k7nVKdLhhX
— 相楽 (@sagara1) 2024年7月13日
また4話ラストにおけるまさしく痴話喧嘩をしているカップルとの対比も、
小市民4話のラスト。痴話喧嘩で周りがまったく見えていなくて「巻き込まれて頭から水をかぶった誰か」なんて気にもしないカップルと。その事態が発生した瞬間、互いの様子を気にかけることなどより一目散にそれぞれの「復讐」と「知恵働き」という欲求に忠実に突き進む、周りからは"いつも一緒にいるか…
— 相楽 (@sagara1) 2024年8月3日
つまりはそういうことでもあったりする。
■3話と4話=狐が語り、紹介する狼の在り方
これはアニメ本編/原作小説読んだ人には特に説明する必要もないかなと思う。
3話、4話は主にそういう話。
■6話と9&10話の対照=狐の要求に応えきった狼と、狼の要求に応えきれなかった狐。
6話「シャルロットはぼくのもの」において狼/小佐内ゆきは狐/小鳩常悟朗の不遜な挑戦をものの見事に退けて。
かつ、狐はそもそも夏のスイーツ巡りの提案そのものが自身を狐と見込んだ上での狼からの誘いなのだと察した上で挑戦していたということも実は描かれていて。
小市民シリーズ6話「シャルロットだけはぼくのもの」。今回の演出でまず非常に良かったの、〈小佐内スイーツセレクション・夏〉を提示されてすぐに狐と狼の固有結界が展開された……つまり小鳩常悟朗は小佐内ゆきのこの提案が単に甘味を求めてのものでなく、本当の欲、なんらかの復讐を求めてのものと… pic.twitter.com/sjswTpSrYk
— 相楽 (@sagara1) 2024年8月17日
小市民シリーズ6話。狼による狐の告発。
— 相楽 (@sagara1) 2024年8月17日
狐の犯した本当の罪は狼が愛する甘味の奪取と隠蔽ではなく"二人が約束した、狐として狼としての本性を抑えて小市民を目指す"という誓いを破る知恵働きの欲の解放だと示す固有結界演出。序盤のこれhttps://t.co/WZurwwxEZD
と対になっている。#小市民 pic.twitter.com/p5tb8erNPd
小市民シリーズ6話。
— 相楽 (@sagara1) 2024年8月17日
「シャルロットは3つだったんだよね」
「夏休み、付き合ってね。昨日のランキング、第一位までまわるから」
カップを打ち鳴らす音は勿論、「判決」を下し被告に申し渡す裁判長の槌の音。
ちなみに原作にはそのまんまそう小鳩常悟朗の独白の形で書いてある。#小市民 pic.twitter.com/vq43V0YSPn
小佐内裁判長による判決。#小市民 pic.twitter.com/eRi2xlTy1L
— 相楽 (@sagara1) 2024年8月17日
その上で9話では狐の挑戦に先立つスイーツ巡りの提案から、狐はずっと狼の掌の上に居たことが明示される。
9話。
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月7日
「そうよ。やっと当たったね、小鳩くん」
これまでの数々の違和感の意味も遡及的に明らかになり(用意され出番を待たされていたゲスト。そして「やっと」!)。
勝利を確信しこの場に来た狐はその思い込みすらも狼の掌の上に過ぎなかった事をようやく悟り、うなだれ、ため息を漏らす。#小市民 pic.twitter.com/dn7hxHjthY
小佐内ゆきは小鳩常悟朗という人間の求めるもの、その度し難い在り方をよくよく把握してみせた上で「おいで、キャンディーをあげる」(8話サブタイトル)とばかりに「餌」を投げ、喜び勇んで挑みかかってくるのを迎え撃ち、そして完封してみせた。
それなのに狐は狼の2つの「なぜ」を読み損なってしまい……というのが示されたのが、最終話である10話。
また小佐内ゆきは狼として狐としての小鳩常悟朗にはいわば「パーフェクトコミュニケーション」をとってみせたけど。
狼と狐でなく、互いに意識しあう少年少女としては素直に心を示すことがどうしてもできなかった。
それでも小佐内ゆきは最後の最後に
「でもね。小鳩くんとのスイーツめぐり……楽しい気持ちも、なくはなかったの」
とあえて踏み出してみせた。
しかしクソボケヘタレの小鳩常悟朗はその意味も、自分の思いもずっと本当は知っていながら、それに応えなかった。
小鳩常悟朗のヘタレクソボケな姿。
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月14日
感想まとめのサムネイル用にも。#小市民 pic.twitter.com/0b3sXE9HAh
だから、二人は破局するしかなかった。
繰り返しになるけど『夏期限定トロピカルカフェ事件』とは、引いてはアニメ版『小市民シリーズ』1期とはそういう事件であり、物語だった。
⑤固有結界もしくは領域展開の意味
■小鳩常悟朗と小佐内ゆきの内面世界において、自身と対等の他者として唯一お互いだけを特別に位置づけている。
■だから基本的に二人揃っている時でないとこの演出は出現しない。
■「水」「川」「橋」といった頻出するモチーフの意味。
これはもうなんというかおおまかにいって↑に書いた通りで。
細かい話は各話感想として随時いろいろゴチャゴチャと書いているので、もしも気になる方はぜひそちらをどうぞ……という。
⑥小鳩常悟朗の一人称視点で綴られる原作小説と、(特に二人を横に並べて映すことが多い)三人称視点中心のアニメ版の基本的な演出の違いと、それによる印象の違い(一方、描かれている人物像は実は概ね一致している)
これについても例えばこんな感じで。
小市民シリーズ6話。原作小説は小鳩常悟朗の一人称視点でその独白も多用して描写が続いていく。アニメ版は三人称視点が多く、独白はほぼ削り取られている。そんなこんなで例えば今回の「シャルロットだけはぼくのもの」の事件にまつわる小鳩の独白(添付画像)を読んでも、アニメ版とはけっこう印象が… pic.twitter.com/xxZgcPK4ul
— 相楽 (@sagara1) 2024年8月17日
小市民シリーズ10話。
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月14日
「どうして今日まで言い出さずにいたか」
「石和馳美を始末するまでは、袂を分かつわけにはいかなかったから」
ここからのやりとり、原作小説描写と比べつつ、2点、非常に面白い。
順に書くと、#小市民 pic.twitter.com/JwRElzDFTs
まず1点。原作で「そんなこと。考えるまでもない」と独白するようにアニメ版でも直ちに答える、答えてしまう。「好きだから、できるだけ一緒にいたい」といった答えを思い浮かべそれに逸れることはできないし、口にも出せない。… pic.twitter.com/yE5E0T7YEr
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月14日
小市民シリーズ7話https://t.co/mpHa5RDs7b
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月15日
及び10話(「もうやだ、ケンケンたら」)、川俣さなえが堂島健吾を「ケンケン」と呼び健吾も受け入れてるのはアニオリだけど。
仲丸十希子からの「ジョーって呼んでいい?」(即座に表情も変えず)「嫌だ」のやり取りの前フリだったんだな、と。#小市民 pic.twitter.com/4SKh6KP5aC
アニメ版10話「嫌だ」が特に表情なく平板に(でも嫌そうに)口にされてるの、原作の
— 相楽 (@sagara1) 2024年9月15日
「ぼくはにこやかに、しかし即座に断言した。
「いやだ」
断固として却下。」
とニュアンス違うけど。
実際の行動として違うのか主観と客観的に外から観た姿の違いなのか考えてみるのも例によって面白い。#小市民
やはり細かい話は各話感想として随時いろいろゴチャゴチャと書いているので、もしも気になる方はぜひそちらをどうぞ……という。
とりあえず、アニメ版『小市民シリーズ』1期感想の総括はこんなところ。
