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川端裕人『ドードー鳥と孤独鳥』『ドードーをめぐる堂々めぐり』感想&三浦半島・小網代の森を訪ねて

 

川端裕人ドードー鳥と孤独鳥』はなんというか、生物学SFの一つの理想形のような作品だと思えた。

語り手・視点人物となる望月環とその親友・佐川景那。
それぞれを絶滅した動物、ドードー鳥と孤独鳥に自らを重ね、そういう人間であると互いに理解し合った二人の人生と、

 

ドードー鳥と孤独鳥を巡る科学や歴史や文学等様々なものが絡むあれこれ

■「絶滅」という現象を人間がどう捉え受け止めるべきかという課題

■自然や環境を保護するとは「何を保護する」もので「何に意義があり、何に意義はないのか(むしろ、為されるべきではないとすら言えるのか)」という問題

■最新の遺伝子研究の研究倫理

 

……といった動物行動学、生態系、環境保護、遺伝子改変技術、最新の研究倫理を巡る議論等々が見事に有機的に、不即不離のものとして結びついて描かれる。

 

とりわけ題名でもある「ドードー鳥と孤独鳥」を巡る二人の探求であり探究が完璧なまでに二人の人生と絡み合い結びついて描かれていく様はあまりにも鮮やかで魅力的だった。
この『ドードー鳥と孤独鳥』を読んですごく楽しかったとなると必然的に同著者の『ドードーをめぐる堂々めぐり――正保四年に消えた絶滅鳥を追って』も近い内に読む流れになるのだけど、必然だと思うのでそうしようと思う(※その後2024/7/15に読了したため、最後に感想を追記)。

その在り方からは例えば北村薫先生の傑作『六の宮の姫君』……自身の大学での芥川龍之介菊池寛を巡る卒業論文をミステリ小説の形に仕立て直した(それも自らのデビュー作にして誰の目にも明らかな代表作である「円紫さんと《私》」シリーズの一作品として)とも評される小説が連想されもする。

また、個人的にも『ソロモンの指輪』からドーキンスとかグールドとかのド定番いろいろ、最近だと『コード・ブレーカー』とか生物学や遺伝子組み換え技術といった方面は以前から少しだけ関心を寄せ続けてはいる分野ではあり、そういう意味でも色々と面白かった。

 

※終盤の遺伝子組換え技術やその研究倫理を巡るあれこれについては例えば『コード・ブレーカー』あたりを読んでおくと色々と面白いかとは思う。

 

なお、なにやら語弊がある言い方かもしれないけれど、『ドードー鳥と孤独鳥』は普通に人間を描く小説としても大変に面白い。
例えばAmazonの作品ページのサンプルでも読める範囲にある二人の出会いを描いた場面。このくだりを読んだ時、もうその時点でこの作品がとても好きになり、その印象は読み終えるまでずっと続きもした。


それと作中で望月環と佐川景那にとって、また作品にとって非常に重要な場所として架空の地域「百々谷(どどたに)」が描かれるのだけれど、そのモデルになっているのは三浦半島・小網代の谷(森)なのだと「謝辞」に明記されていた。

たまたまそれなりに近所(片道1時間半ほど)だったので、暑くなり過ぎない近い内に三浦半島の小網代の谷(森)にも行ってみようとも思えた。


……で、一旦読み終えてから3日後、早速行ってみたので、作品感想に添えてそちらの感想も記しておきたいと思う。

 

■『ドードーをめぐる堂々めぐり』感想(2024/7/15追記)

400年の時間を股にかけて世界を巡る絶滅鳥ドードーの足跡を追う旅路を綴る文章を、豊富なカラーの写真・絵画を含む資料の数々が飾ってくれているのがなんともありがたい。

また、読み進める中でちょうどいいタイミングで「お、そうなんだ」という気持ちを盛り上げるフック?みたいなものが置かれている構成も楽しかった。
全240ページ弱の中の95ページで「子育てするドードーの復元画」、そう、これが扉絵です!という話が出て。

続けて101ページで「日本の風景の中にドードーがいたということをこうやってビジュアルでに提示されると非常に心が刺激されるものがある」という「出島ドードー」の話題になり、そう、これがカバー画です!と教えてくれた。

その二つの提示はなんとなく、読む前よりもドードーにまつわる世界に読んでいる自分を近づけてくれているような、そんな感覚をもたらしてくれたりもした。
141ページでの『不思議の国のアリス』のある場面を「「ドードーをめぐる堂々めぐり」のはじまり」との提示も、そういう感覚を後押ししてくれた。


ドードー鳥と孤独鳥』との関係では終盤p208から「闘争用のこん棒を持った鳥」として紹介が始まるソリテア/ソリテール/孤独鳥についての記述もいろいろと面白い。楽しげな筆致で紹介されていく「優美でおかしなこの鳥」「優美、かつ面白い鳥」と佐川景那のイメージが色々と重なってきたりもする。


それと「終章」でのこの記述、

「本書では触れられなかった二十一世紀的な課題としては、生命科学の進展により、絶滅種を復活させる「脱絶滅(de-extinction)」研究がある。いくぶん遠い目標だとはいえドードーの復活は、常に研究者の念頭にある」

はそのまま『ドードー鳥と孤独鳥』で描かれた話に繋がるもので。

なるほどなー、そういう形で触れていくことにしたのか、という納得があったりもした。




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