以下の内容はhttps://siyuiisi.hatenablog.com/entry/2026/03/12/184301より取得しました。


『お菓子でたどるフランス史』 ジュニア新書って読みやすい

『お菓子でたどるフランス史』池上俊一

岩波ジュニア新書!読みやすいのに骨太で学習に良い〜。
ありがたい新書レーベルなんです。
『砂糖の世界史』は本当に良い)

『お菓子でたどるフランス史』は、お菓子雑学が増えるといいなあくらいな気分で読んだのですが。
意外とお菓子知識も、フランス史も、ちゃんとしていた!骨太!
そりゃそうなんですが。失礼な感想である。

ワイン史でも活躍したベネディクト派。スイーツではその中でもクリュニー修道院が重要な役割を担ったそうです。
クリュニー修道院は910年にアキテーヌ公ギヨーム1世の肝煎りで設立。
領地から届く小麦、果実、乳製品で葡萄酒、パン、そしてお菓子の発展に貢献。
特にワッフルの原型になった「ウーブリ」はミサにも必要で、中世には好んで食べられたお菓子。初期は甘くなかったみたい。

11世紀は十字軍
当時、西洋より全然進んでいたアラブ文化がやってくるわけです。
砂糖菓子、ジャム、砂糖漬け果実などがフランスに登場。
そもそも西洋には砂糖がほとんどなかったから、十字軍国家はシリアのあたりでサトウキビの栽培をしていたそうです。それは知らなかった。

15〜16世紀はイタリア戦争。
フランスは戦争で得るものは何もなかったらしいんですが、すでにルネッサンスが花開いていたイタリアから文化と芸術の洗礼を浴びまくったらしい。
ちなみにフランスの戦績ですが、ナポリを4回征服しては失い、ミラノを6回制服しては失ったそうです。
最後にきっぱり諦めたのは偉いよ。他に褒めるとこないよ。
フランソワ1世は、芸術が権力と栄光の重要な要素となることに気づいた最初のフランス王。ダ・ヴィンチをパリに招聘もしている。
で、
1533年はカトリーヌ・ド・メディシスとアンリ2世の婚姻。
マカロン、アイスクリーム(シャーベット)、フォーク、香水がイタリアから到来。やったね!

17世紀のルイ14世絶対王政期に「美食のフランス」のイメージができる。
池田先生の書きっぷりが良い。以来、
P91.
世界中が、「フランス美食神話」によってたぶらかされつづけている

だそうです笑
フランス、意外とグルメじゃない説、あるよね。

18世紀パリで活躍した伝説的菓子職人アントナン・カレームは、フランスの美食外交を体現したような人でもある。
政治家タレーランに重用されて、ナポレオン期の外交で食卓を彩る。ナポレオン失脚後のウィーン会議でも腕を振るったそうです。「会議は躍る」のやつ。ごはん美味しかったら長引くよなあ。ロシアのアレクサンドル1世にも招かれる。
晩年はジェームズ・ロスチャイルド家の料理人に。食材に出費を惜しまないので楽しかったみたい。

19世紀の共和政期には、王族貴族の館から街に出た料理人によるレストラン、菓子店がパリに増える。バルザック、ボードレールはそんなパリを食べ歩くのが好きだったフラヌール(散策者)。
サヴァラン、デュマは歩いたかどうかはわからんが美食家で有名。

サヴァランは美味しいよね。
あとラデュレのマカロン、好き。
ところで私が子供の頃にも一度マカロンが流行ったんですが、その頃のマカロンって美味しくなかったですよね?




以上の内容はhttps://siyuiisi.hatenablog.com/entry/2026/03/12/184301より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14