『歴史を考えるヒント』網野善彦
この本のベースは、1997年に新潮社が開催した連続講座「歴史の中の言葉」。なので、『日本の歴史を読みなおす』と同様講義口調で書かれており、大変に読みやすい。
語られている内容も『日本の歴史〜』と被るところは多いのですが、どうせ私の脳みそでは一回で覚えられないのでちょうどいいくらいです。前向き!
冒頭、「日本という国の名前が決まったのは何世紀か?」から始まります。いきなりわかりません先生!すみません!
正解は7世紀。
天武・持統時代の『浄御原令(きよみはらりょう)』(689年)で国号が決まったと言われています。へえ。対外的初出は、702年の遣唐使・粟田真人が則天武后に「日本の使いで来ました!」と言ったとこだそうです。この頃の中国ってもう唐まで進んでんだな。はやい。
「日本」と同時期に「天皇」の称号もできたそうで。これは勢力外である東北「蝦夷」、九州「隼人」を意識してのこと。他者がいるからこそ、自分を規定するムーブ。
同じ感覚ですが、「関東」も朝廷から見て伊勢・美濃・越前の「関の東」、という意味。最古の記録は『続日本記(しょくにほんぎ)』(そして何度見てもこの感じの読み方は納得しかねる。なんだ「しょく」って)。
鎌倉時代になると中心が移り、鎌倉視点で「関西」の語が生まれたそうです。やること一緒。
『日本の歴史〜』と同様に「百姓」=農民じゃない話しや被差別民の歴史も丁寧に解説されています。新たな学びもある。ありがたい。
東西で文化が異なる(東は縄文式、西は弥生式)話しでは、「穢(ケガレ)」の感覚も異なるというものがあり。例えばで、産後の胞衣(えな、胎盤のこと)をどうするか。東は土間や辻など、人が通るところに埋める。人に踏まれて元気になる的な発想らしい。対する西は離れの産屋(そもそも出産から遠ざける)の床下に埋めたり、山中まで運んで埋めたりする。西の方はとにかく遠ざける傾向だそうです。
建築での東西(縄文/弥生、あと西洋建築の東西ルート)文化しか知らなかったので、様々な差異があることを学ばなくちゃなと思った次第。
最後の章の日常用語の話しも良かった。
「自由」は中世までは「わがまま勝手」な意味。有名な二条河原の落書「自由狼藉の世界」のニュアンス、現代とはだいぶ違うようです。
もひとつ。
「自然」も「しぜん」と読む場合は「人力で左右できないこと」つまり「万が一」の意味。「じねん」と読む場合が「おのずからそうであること」、現代で流通している「自然(しぜん)」になる。
こうした日本語の意味の変遷を歴史講義の中で聞くのもおもしろいですね。インテリ悪口おじさんの本を読むのも好きですが笑
良い学びのある本でした。